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偽善系2 正義の味方に御用心!

gizenkei2.jpg 偽善系2 正義の味方に御用心!
文藝春秋

第7回 編集者が選ぶジャーナリズム賞受賞。

定価:1,429円(税別)


本書は全国の書店またはamazonなどのネット書店でお求めください


《編集者がつけてくれた帯のコピー》

「心神喪失」の名のもと事実を隠蔽する司法とマスコミを、精神障害犯罪者の再犯を看過ごす自称"人権派"を、突出した胎児殺国家であるこの国を、残虐な殺人犯でも少年なら必ず更生すると信じる裁判官を、役に立たない『「捨てる」技術』を、いまだマルクス主義の復権を唱える東大教授を、現場に行かずに「行ったように書く」読売新聞を、田中康夫知事誕生前後のわが長野県の腐敗ぶりを、そして"社畜"で有名なあの辛口評論家を......。

目次

第一章 「心神喪失」を廃止せよ
第二章 野放しにされてきた再犯 
第三章 ニュースにならない死に方・考 
第四章 辛口評論家の正体 
第五章 「田中知事」誕生前夜 
第六章 クソ本を読む 
第七章 何でも買って野郎日誌
あとがき


あとがき

 たまたま田丸美寿々さんへの言及が最後にきてしまっただけで、他意はありません。なんだか申し訳ないような気もしたのですが、でもやっぱり、「できたら勘弁」と返事されても構わずライターで火をつけてしまうのなら、最初から「タバコを吸っていいですか」などと尋ねるのは偽善系に急接近だと私は感じてしまう。本当は、彼女の質問の作り方を、ずっと怪しんできたわけですが。
  そして予想したとおり、写真撮影の段階で彼女は灰皿をテーブルの下に隠したのでした。だから当然、「婦人公論」(二〇〇〇年十二月七日号)の私たちの写真には、吸殻の入った灰皿は写っていません。ここで彼女は偽善系のラインを超えてしまったわけです。
  かわいいといえばかわいい動作かもしれない。でももう、かわいいとかいわれるアレでもないのだから、それに、タバコを吸わないと神経が集中できないというのなら、「報道特集」でも吸ってろよって。お客さんが見ているときには吸わないというのが流儀だとして、ご自分が司会を務める雑誌の座談会で招いた客は客ではないから例外になるのかな。
  まあとにかくこうして、本書『偽善系2』ではまたしても、少なからぬ〝犠牲者〟を出してしまったかもしれない。その次の号あたりから、「婦人公論」井戸端会議の長く続いた司会者が代わっていたのは、たぶん偶然だろうし、ずっと前から決まっていたのでしょう。
  ちょっとだけ気になりました。
  よくお読みいただければわかるとおり、私は三つ以上の偽善臭を嗅ぎつけないかぎり、つまり一つか二つ程度では、批判的に明記することはありません。そして、わざわざいうまでもなく、このような批判的言及を個人で具体的にやると必ず仕事を幾つか失います。「婦人公論」から依頼がくることは、少なくとも編集部が総入れ替えされるころまでありえないでしょう。「中央公論」もダメかもしれない。中公を飲み込んだ読売新聞のエース記者も名指しでやっちゃって以来、それまでぼつぼつあった同社系の雑誌からもパタリと依頼が途絶えました。
とても、わかりやすい世界なのです。
  ただし、そういう姑息なところは、巨大ではあっても本当の自信がない組織なので、いずれそのような発想は必ず淘汰されていきます。それも、とてもわかりやすい構図ですね。
                   *
  ローカルでは、姑息さや閉塞ぶりはもっと極端な形で表現されるのが普通です。地方マスコミは、権力に対して調査報道をしかけることなど考えたこともないところが多く、また逆に他のメディアやジャーナリストから名指しで批判される機会もないので、免疫も危機管理能力もゼロに近いまま、その地方にあってはでかい顔をして自らが権力そのものになってしまっています。そういう地方マスコミの多くは、ちょっとでも〝危ない〟発言をする奴は使うなと排除し(ごくごく一例を挙げるならば、「愛媛新聞」の在り方を、愛媛大学に赴任したばかりのころの上田紀行氏が月刊誌「世界」でちらりと揶揄したら、とたんに同紙の編集局長は「上田という若い助教授には書かせるな」と文化部に命じたりするわけです)、自らはどんどん権力に迎合しつつ閉じていく。かつての高知や三重や宮城や長野の県庁およびその取り巻きがそうだったように、です。でも、そういうことを白日のもとにさらす奴が愛媛新聞の執筆者や周辺にいたほうが、健全で未来もあるというものなのに。
  戦後の地方自治変革は、橋本大二郎氏から始まったというのが私の確信です。田中康夫氏が立候補当初から目標にしていたのも(地方自治に王道はない、というポリシーも含めて)橋本知事でした。詳しくは私の『情報系 これがニュースだ!』(文春文庫、二〇〇一年三月刊)をお読みください(本来、他者が書くべき「解説」を本人が書いていてしまい、これだけでも笑えると思います)。「田中知事」にそれなりの関心をお持ちの方は、同書に収められた「橋本大二郎の技術」をみれば、その近似ぶりに驚かれるに違いありません。 
  行政の変革者は、行政組織の外から現われる必然性がありました。残念ながら、これは進駐軍的な外科手術です。落下傘で降り立ったパブリック・サーヴァント型の名知事がなすべきことは、初期には公約を矢継ぎ早に実現させつつ外部の人材を投入して県庁職員と地元マスコミの目を覚まさせ、四年以内に内部から「外部の眼をもった」有能かつ型破りな人材をわんさか引き出すことに尽きます。しばらく前まで、たとえ変革者が善戦しても「行政手腕が未知数」だと地方マスコミの人々は能天気に書いてきてしまったわけです。しかし実のところ、「行政手腕」の実態とは「庁内のあれやこれやの旧態依然に染まりきっている」というだけのことだったのです。つまり、旧来の首長は、庁舎内のことしか知らなかった。だから、中央政府の下請け機関であれば済んだ時代には、それでまあ「うまく」いっていたわけです。
  私は、使命感などという気恥ずかしい言葉を仰々しく使いたくはありません。が、なぜ(マスコミの仕事などゼロに等しく、予定調和でない奴はすぐに「干せ」と命じてしまうような)田舎に今なお住み続けているかといえば、自民党や政府の腐敗はそれなりに多くの在京メディアが批判的にチュックしてきたし、メディア相互の牽制も時々作動しているけれど、地方自治と地方マスコミの根ぐされは、本当にもうどうしようもないところまで進行してしまっているので、そのことに関しては、敢えて使命感を抱いたほうがいいのではないかと思ってきました。そういうことは、地元で禄を食んでいるといいづらいようだし、かといって外に出た発言権のある人たちは郷里に「やさしく」ふにゃふにゃよいしょするのが関の山です。
  さて、本書の第五章「『田中知事』誕生前夜」は、ずいぶんと長い章になりました。私の側からいえば、十年近く前から書いてきたことが、こういうふうにまとめて読んでもらえる機会ができただけでも嬉しい気がします。読者の側からいえば、「田中知事」誕生の意味が、それほど表層的でない必然の歴史的事件として、初めて把握していただける機会になるかもしれません。この章だけ、各節の末尾に初出媒体と年月日を明記しておきました。やや膨大であったため、発表時の半分くらいに圧縮した節もあります。
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  ところで第四章「辛口評論家の正体」は、いかがでしたか。あの章は、最も私らしい文章になったように思われます。『諸君!』の瀬尾泰信さんの誠実なる依頼を受けてから、良くいえば熟成させたというか、さあ書くぞと馬力がかかるまで非常に時間がかかってしまいましたが(約半年)、実際やってみて、ああいう文章なら、いくらでも書けるぞと思ったわけです。
  私は、若干でも興味のある人々や組織に対して、小さいころから、仮説を立てては検証し、それを何十回何百回と積み重ね細分化していって自分なりに相手を多面的に理解してゆく、という作業を、起きている間中ずっとやってきました。おもしろいからです。それが普通だとも思っていたのですが、必ずしも皆が皆やっているというわけでもないようですね。
例えば――。
「この人は、あることを相手が三回以上繰り返せば、九〇%の確率で本人の自覚とは正反対の行動をしてしまう。残りの一〇%は、なぜそうならないかといえば、これこれという理由である。唯一の例外はこういう場合で、なぜ一見そういう例外的な行動をしてしまうかといえば、まったく他の場面でのある行動から推測して、ある仮説が成り立つ。それを検証するために、例えば『タバコを吸ってもいいですか』と聞かれたら『できたら勘弁』と答えてみよう。もしそれでも吸ったら......」というふうに膨大な検証作業を続けてゆくわけです。
  必ずしも会う必要はありません。佐高信さんのように、たくさん文章を書き、テレビなどでべらべら喋っている人は、とりわけその作業は簡単です。私が日常的にやっていることは精神医学の世界でパトグラフィー(これについては第六章の9節で触れました)と呼ばれる方法に通じる、と私の親しい友人が指摘していました。
なるほど。
  恋愛や仕事なんか、これでやるしかないと私は思いますけどね。
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  なお、私もいつか例えば佐高信さんと面と向かうこともあるのではないかと、ご心配くださる方もいました。別に構いません、私は全然。でも気のせいか、最近の佐高信さんはテレビ東京のレギュラー番組に出ていても発言にまったく元気がないし、ダジャレも決まらない。がんばってくださいね。
  ついでに思い出したのですが、しばらく前にベストセラーとなった『買ってはいけない』という本を私が最初に批判をして、その本の著者たちと〝激突対談〟というものにも何度か出席したことがありました。先に誌上での喧嘩というか論争があったので、初めて同じテーブルについて公式に言い合っているうちはまだいいのですが、途中に休憩とかがあって、一緒にトイレで並んじゃったりすることもあるわけです。
  さらにあるテレビ番組では、毎回テーマが違ったので出席者も大半が異なっているのに、『買ってはいけない』著者の渡辺雄二さんとだけは三度もご一緒することになってしまい、本番前の控え室では席が隣だったので、「暑いですねえ」なんて声をかけあって、他の出席者をあまり知らないときなんか、へんな親近感すら覚えてしまい、そのついでに聞いておきたかった印税の話なんかちくちく尋ねたりして、わはははとか笑って。
  私の書いた『「買ってはいけない」は嘘である』という単行本には、渡辺さんが「週刊金曜日」に書いた私への反論が再録されており、その許可をえるために渡辺さんには電話で挨拶をしたりという経過もあり、例の激烈なる論争を知っている人が、この光景を見たらどう思うだろうなんていう自意識も働かないわけではありませんが、そんなこともう誰も覚えちゃおらんだろう。
  でも、なんかヘン。第一印象がお互い最悪だから、もうそれ以上には評価が下がりようもないわけです、たぶん、罵倒から始まった人間同士というのは。だから、ちょっとしたことで(トイレで並んだら挨拶したとか、冗談をいったとか)、こちらの評価が上がってしまう。おっ、意外にいい奴じゃないか。
  こういう関係は、非常に楽です。
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  さて本書に関わって、初出掲載時に正式な抗議がされたのは二つありました。
  一つは、第四章「辛口評論家の正体」(初出は『諸君!』二〇〇〇年十月号)で、私が次のように書いたことに対してです。
《舎弟にあたる高任和夫『銀行検査部25時』を、こちらが赤面してしまうほどもちあげておいて、それを収めた自著の「あとがき」をこの舎弟に書かせる。そんなことは朝飯前だ。》
  と書かれた(というか私がそう書いた)高任和夫氏から手紙をいただき、また、文藝春秋社内の担当者の方にも、ちょっとした苦言を呈しておられるとも聞きました。
  あの文章のなかで、《高任和夫『銀行検査部25時』を、こちらが赤面してしまうほどもちあげておいて、それを収めた自著の「あとがき」を》当の高任氏に《書かせる。そんなことは朝飯前だ》という部分に関しては、まったく事実誤認はない。しかしながら、ただ一点、《舎弟》という規定は違っている、ということでした。過去はそういわれても仕方がない時期もあったとしても、しばらく前からそういう関係はきっちり卒業している、ということのようです。傷ついたのならごめんなさい。というか、どこか違うんですか?
  もう一つ、第五章の3節(初出は『文藝春秋』九九年四月号)に登場したIOC委員で理事の猪谷千春氏の代理人から掲載直後、同編集部に内容証明郵便をいただきました。猪谷氏にかかわる記述に、「捏造または歪曲」された箇所があるというご指摘です。書ききれなかった取材結果と証拠がまだ多々残っていたので(もったいない)、その一端を示しつつ、ぜひ裁判にしていただければ幸いという文面を私から返答しましたところ、内容証明郵便にあった「法的処置」は待てど暮らせど未だなされていません。単なる挑発ではなく、挙証責任が原告にある民事裁判は、取材者にとって願ってもない絶好の機会です。そこのところをよろしくお願いします。それにしても弁護士が書く内容証明郵便というのは、あのまま俺が書いたら確実に恐喝罪か脅迫罪で捕まるね。何かあったら、全文引用させていただきたく――。
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  ところで、第五章「『田中知事』誕生前夜」は、私一人で取材して成ったものではありません。『週刊朝日』のものは藤井達哉さん、『文藝春秋』のものは前島篤志さん、中島みなみさん、中川一徳さんに、いくつもの取材を手分けし、または手伝っていただきました。
  第一章「『心神喪失』を廃止せよ」(初出は『文藝春秋』二〇〇〇年十月号)と第三章「ニュースにならない死に方・考」(同二〇〇〇年七月号)では、前著『偽善系』のときと同様、緑慎也君に幾多の専門文献収集の協力をあおぎました。執筆にかかった時間は一日だけですが、取材と文献総当りにかかった時間は、第一章が約八年、第三章は三カ月です。
  初出時にお世話になったすべての方に、改めてこの場を借りて御礼申し上げます。
  ここで、これまでに記した以外の文章の初出媒体を明記しておきます。
第二章「野放しにされてきた再犯」は別冊宝島Real『精神科がおかしい』(宝島社、 二〇〇一年一月刊)。第六章「クソ本を読む」は週刊『エコノミスト』二〇〇〇年四月十一日号~二〇〇一年一月九日号。第七章「何でも買って野郎日誌」は月刊『新潮45』二〇〇〇年一月号~十二月号。以上です。
  現在も『エコノミスト』と『新潮45』での連載は続いています。ただし、『エコノミスト』の連載は「クソ本を読む」なんてヤクザなタイトルではなく、「ブック・クッキング」
  というニュートラルなものです。『新潮45』の「何でも買って野郎日誌」は不評のため(かな)、せっかく〝世界初の男の買い物公開日記〟だった(かもしれない)のに、本書収録分で打ち止めをそれとなく示唆され、現在は買い物日誌(消費行動を通じたサービス考現学と呼んでもらいたい)とは関係のない「腹立月録」という比較的長い時事コラムに代わっています。
  ちょっと言い訳すると、第七章「何でも買って野郎日誌」は確かに、おもしろがってくれる人と、ふざけんじゃないと怒るまたは侮蔑する人と、極端に分かれるかもしれません。ただ、日記という形式は、意外にパーソナルではないのです。編集というフィルターを通して公開される日記または日誌は、「私」という一人称をきれいに消し去った〝社会〟派的文章(私憤から公憤へ)よりずっと、一人称の周囲や背後にある社会的現象を浮き彫りにしてしまうことがよくあります。
  私の場合、私憤から公憤へ、ではなく、その反対に、もともと公憤として体得されてしまったマグマが、体内で長いことエネルギーを溜めたすえ折々の場面で噴出してしまう、らしいです。もしかすると、傍で見ていたら、ただの短気や頑固や「時々壊れる」という現象と区別がつかないかもしれません。
  ヘンですか?

二〇〇一年  麗月

日 垣  隆

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