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こう考えれば、うまくいく。 

koukanngae160.jpg こう考えれば、うまくいく。
文藝春秋
定価:1,200円(税別)

サラリーマン時代より20倍の年収となった著者の心も情報もリッチになる「考え方」読本。
《「こう考える」の要諦は、「こう読む」にあるのだ。......読めれば、書ける。書ければ、できる。そう考えれば、うまく行く。「読んで」ない人は、まずは本書から。》(小飼弾氏)



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帯 【表】
 
サラリーマン時代の最後の給料より、今年の年収は20倍になった。

●自分でものを売れない人に先はない
●1年の書籍代500万円でトクをする
●「情報洪水」などウソである
●日垣流「人事評価」と「賃金評価」


【カバー裏】

自分が発行する有料メディアを持って一〇年間、
毎週、毎月、毎年、読者数を増やし続けている。
海外版も含めて、発行開始一年後の実数より、今は七倍のメルマガ読者がいてくれる。
電子書籍も、自分のサイトから毎日数十本は売れてゆく。
印税率100%である。
自分でも驚くことに、サラリーマン時代最後の給料より、今年の年収は二〇倍になった。(まえがきより)


目 次

まえがき 

1 週休三日で成果を四倍上げる──と考える

加齢とともに収入を上げる法
週休三日、休むなら月曜日? 水曜日?
「ただ引き受ける」「ただ断る」では進歩なし
相手の「優先順位」づけに振り回されない
取りっぱぐれからの脱出法
自分が優先順位をつけるときの要諦
使える! ショートカット理論
観客効果と締め切り効果
「この道二〇年」の技を一週間で
ノーリスク・ハイリターン
期間限定だったら努力もできる
ゴールのイメージを持て
使えるものは使えばいい
ショートカットする五つの利点

2 売り買いは極上のエンタメだ──と考える

自分でものを売れない人に先はない
ばれないパクリと新しい組み合わせ
時代の最先端は「注文」に宿る
開業率の低さこそ日本経済最大の懸念
起業のリスクはゼロに近づけられる
お客の側が「ありがとう」と言う商売
「ネット限定品」は人気の基本
あえて非ネットにこだわるなら
アマゾンの箱はなぜあんなに大きいのか
基本は「安く仕入れて高く売る」
仕事の「単価」を考えよう
確実に蓄積されるノウハウ
価格競争は過労死への道

3 「国民のため」「客のため」は偽善だ──と考える

「取材はタダ」で当然なのか
サービスの基本原則が崩れている
横行する本末転倒のサービス
カモになるのは客ばかり

4 情報はまだ全然足りていない──と省察する

四半世紀前に予測した「紙の危機」
自分のメディアとクレジット課金
「情報洪水」などウソである
賞味期限半年の情報ばかり集めても意味がない
なぜ古典を読んだほうがトクなのか
「読まずに死ねるか本」の分母と確率
必然と偶然を選り分ける能力

5 自腹を切らずして「目利き」たりえず──と考える

ものの良し悪しを正しく判断する力
個人の智恵と時間には限界がある
一年の書籍代五〇〇万円超の理由
高度に専門的な鑑定はその道のプロに
正確さと速さは鍛えられる
「アートを買う」とはどういうことか
買う人が一人いれば市場が成り立つ
「この世に一つだけ」というビジネスモデル

6 正解でなく最適解で──人を評価する

過去を問う評価、未来を推し量る評価
フェアでありさえすればいいのか
能力主義では能力を評価できない
「正しい評価」より「満足できる評価」
マニュアル化と自己申告
実は合理的な年功序列
身長、年収、学歴で結婚相手を選ぶ心理

7 人生はギャンブルだ──と正しく認識する

子どもを連れてカジノへ
「楽しく小さく長く」殖やす
クレジットカードも恋愛も悪なのか
見通しもなくニートになる前に
負け方は二つ、勝ち方は一つしかない
ついにラスベガスを抜いたマカオ
お台場でもカジノをやってみた
時代錯誤の賭博罪を廃止せよ
株は歴史的にも本質的にもギャンブル
ネット株やるべきか、やらざるべきか

8 占いは暗示による勇気づけ──程度に楽しむ

台湾で我が人生を占ってもらった
「当たるように見える」メカニズムとは
「人生の大部分」は科学の対象ではない
「当たらないのが普通」だから魅力がある
占いの本質は「暗示」にある
そして使い切れないほどのお金は貯まったか

9 「書いて稼ぐ」をビジネスの基本だ──と考えてみる

情報サービス産業の未来を見通す
あらゆる商品の「売る構造」が見えてくる
「職業としての文学はきわめて成りたちにくい」開高健
大御所漫画家四人の「はじめての原稿料」
「一枚十円の快感」福地泡介氏
「超薄給の貴重な一年」近藤日出造氏
「封筒が分厚くそっくりかえっていた」鈴木義司氏
あの渡辺淳一先生がローン審査で失格になった話
立花隆氏の文春退社後の原稿料は
「脚本家あがりに対する風当たりが結構強い」野沢尚氏
原稿料のために書くと初めて明言した作家
原稿料はいかに発生し、上がったのか
漱石も原稿料と印税だけでは食えなかった
作家がお金の話をするのは下品なのか
石川啄木の金銭出納帳
朝日新聞社とサラ金地獄
家族と作家の地位を守るために奮闘する
衰退産業でもルネサンスあり
自ら市場をもって復興した劇団四季
トレンドを見誤らない智慧を

あとがき

立ち読み

4 情報はまだ全然足りていない──と省察する

四半世紀前に予測した「紙の危機」

 二五年前、まったくの偶然から今の仕事に就いた。

 それまで何度か失業や倒産を繰り返し、自分の得意なものは何かを考える機会があって、たまたま文筆業だけで食べていくという(就社ではなく)文字通りの就職をした。

 二〇代後半の私が、当時の半ば失業状態で考えたのは、以下のことである。
1、今が一番ヒマなときだ。こんな状態がいつまでも続けば、子どもを育て上げることは難しくなる。取材費にも苦労する。だから、死ぬまで収入を上げ続けることを誓った(実際、一年の例外もなく四半世紀ずっと続いている。ありがたいことだ)。この稀なるヒマなときに、自分に最適かつ数十年はもつ情報整理術を確立しておくことが必要だ。

2、アメリカでは電話回線を通じて新聞を読んだり、キーワード検索なるものが構築されたりしている模様であり、大学や公共の図書館と、これまた電話回線を通じて自宅の「電脳箱」とデータベースがつながっているらしい。必ず日本も、遠からずそうなるに違いない。

3、だから、情報の洪水に溺れるようなことがあってはならない。

4、当時インターネットという言葉を知っている日本人は〇・一%もいなかったと思う。しかし、やがて絶対にやってくる新時代に備えておく必要がある。停年は遥か先のことなのだから─。

 最後(四番目)の点について、もう少し補足が必要かと思う。

 私は、「電話回線を通じて新聞を読む」などという〝情報〟は、逆立ちしても理解できなかった。しかし、海の向こうの事情を知れば知るほど、日本は一〇年ほど遅れているだけで─一〇年はスゴいが、むしろ何者でもない私が逸早くその事情を知ったのはラッキーなことと思った─日本も必ずグローバル化される。そして私は欧米のオフィスを見て歩き、その確信を一〇〇%まで高めることができた。不可逆現象だと知ったのである。

 そのとき何が最大の問題になるか。どう考えても、難関は課金であった。

 ニューヨークタイムズやワシントンポストなどを検索するのは驚異と感動の出来事だったが、みな検索はタダであった。

 一〇年後か二〇年後かは別として、いずれ「紙の危機」が来る。私は、当時のコラムにそう書いた。ほとんど誰にも賛同は得られなかった。

自分のメディアとクレジット課金

 私は、労働組合に対しても賃上げ要求だけではいずれ瓦解してゆく、と譲らなかった。例えば「机を大きく」というスローガンを掲げられないか、と幾つかの労組で(講演を頼まれた際)提案をして、笑われた。電脳ボックス(今で言うパソコン)が必ず個人の机に載る時代が来る。自宅にも置かれるであろう。

 モノは必ず、より高性能に、より安く、そしてより小さくなる。究極的には、掌サイズにまで小さくなる必然性があるはずだが、デスクワークには、それなりの大きさがなければ働き手のストレスが深まるに決まっている─。

 私は誰にも聞き入れられないので、ただそのようなことを書くにとどめ、いちいち赤の他人を説得するのをやめた。

 そのかわり、情報がタダになる時代に備えて、二つのことを徹底して鍛錬することにした。  一つは、有料に堪えるものを書き続けること。これは、あたりまえである。

 そして二つには、多くのメディアが倒れていくだろうことは(私の中では)明らかだったから、「自分のメディア」を逸早くもち、そこでクレジットカードでの課金を果たすこと。このことについては、私は独自にシステムを構築した日本で最初の書き手になった。

 自慢をしているのではない。

 チトしているか(笑)。

 ともかく、作家やフリーランサーにとって、長期的に見て何が変わってゆくのか─という大きな流れを読み間違えたら、とんでもないことになる。「何とかなるさ」とか「お金なんて」などと言っていた著名作家の九割以上は、かつての職業を続けられずに消えていった。

「情報洪水」などウソである

 今も、しばしば情報洪水と言われる。

 私は、そうは思わない。むしろ、今でも少なすぎる、とすら感じている。

 今までが、あまりにも情報が閉ざされていた。例えば談合やら、密談やら、密約やら、おかしなリークやら、記憶違いやら騙しが多すぎた。

 きちんと「裏を取る」(根拠をおさえる)のが、我々の仕事の一つである。

 例えば─あくまで一例として─石川啄木が貧乏だった、というのは事実か。啄木自身が、そのように書いているし、「働けど働けどなお我暮らし楽にならざり、ぢつと手を見る」というような歌もある。

 しかし、歌は歌である。必ずしも真実ではない。実際には親友の金田一京助の下宿に転がり込んだうえ、勝手に金田一のオーバーを売っ払って浪費を重ねたり、女郎買いをしたりしている。給料日には、その総てを使いきってしまった日もある。

 だが、啄木が朝日新聞社の校閲係を辞めて、病床に伏したあとの窮状は凄惨なものであったらしい。その事実を確認するために、いったいどこに情報が溢れているというのか。

 啄木の全集が、いくつもある。

 その、どれにも載っていない。

 ネットにも、正確な記録はないのである。

 実は、啄木の妻が、夫に命じられて克明に記した「家計簿」が今も残されている。函館市立図書館の小さなコーナーにだけ、それが保存されている。家計簿の中身については後段であらためて紹介したい。

 この家計簿を見るために、私たちは函館市に行っても、すぐに見ることはできない。あらかじめ、函館市役所総務部文書法制課に「公文書公開」を求めてからでないと、見ることができないのである。

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