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電子書籍版 <ルポ>高校って何だ

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《編集者がつけてくれた帯のコピー》


死を招く「管理」、中退、そして新しい試み...。高校の〈いま〉を鮮やかに描き、その危機と可能性を考える連作ルポ。


 

目次

第1章 閉ざされた回路―神戸「校門圧死」事件の深層
第2章 中退させる権利?―岐路に立つ長野県の全人教育
第3章 農業高校の挑戦―「予感」をもてる場へ
第4章 チマ・チョゴリへの視線―朝鮮高級学校で考えたこと
第5章 〈学力低下〉の構図―高知県の受験教育ボーダーレス現象から


 

あとがき

 さまざまな社会現象の中で、学校教育は自らの体験を通して発言できる分野ではある。それだけに、このジャンルでものを書こうとする場合には、緊張を強いられる。というわけで、大上段からの抽象論議や独善的な居直りや教育実践の自己PRに終始しがちになるのが、この分野で書き手の陥りやすいワナなのかもしれない。鋭い教育批判の書であるように見えても、文部省だけを槍玉にあげていたり、学校というシステムそのものが解体されるべき対象とされたり、逆に民主的教師とさえ自称すればあらゆることが免罪されるような、たちの悪い誤解が跋扈するのも、教育という営みが実に多様に感受されうるものだという事実に対しての、緊張感が希薄なゆえである場合が少なくない。
 僕がこの本でめざした姿勢は、説得力だった。批判の刃はつねに我が身にかえってくるものであってみれば、職業生命を賭けてルポルタージュという作業にあたったことは、いうまでもない。問題は、その批判的考察が相手の懐に深く届いたかどうか、しかも高校教育を生徒または保護者として体験的に享受した人々にも、また高校教師たちにも同時に説得力をもって迫ることができるかどうかが、僕の最大の関心事だった。
 文部省が悪い、管理教育が悪い、と指弾してみせるのは簡単なことだ。けれども、被害を受けた生徒あるいは望ましからぬ教師に「あたってしまった」生徒にしてみれば、文部省を相手にたたかっている暇などありはしない。ヒットラーが悪い、ナチズムが悪いとのみいって、直接に収容所その他で手をくだした人物を免罪できないのと、それは同じ種類の構造を抱えている。日本の教育とナチズムを、まさか同列に論じようというのではない。ここで興味深いのは、ヒットラーがユダヤ人を確信犯的に抹殺しようとしたのとは対照的に、ほとんど例外なく日本の教師たちは「生徒こそ教育の主人公」と公言している点だろう。だが僕の観察によれば、たとえば高校現場で日々起きている事態の数々は、その公言は偽善ではないかと断じざるをえない事象にいろどられている。その教育犯罪の担い手であれば、管理的教師も反動的教師も民主的教師もくそもないのである。教育という営みが国家権力の意志実現機構たらざるをえないとすれば、教え手が自らを革新的と定義しようが保守的と自覚しようが、そんな自認とは無関係に、子どもに対する教師は「権力」以外の何者でもない、という本質的理解は肝要だろう。
 さて、この連作ルポで試みた手法は、インベスティゲイティブ・リポーティング (調査報道)と呼んで、さしつかえないと思う。現場と周辺に取材を重ねながら、ときには数十年間におよぶ報道記録や研究書をひもとく作業にも身をゆだねた。考察の対象となるのはむろん、事件だけではない。高校現場での日常も、そのテーマたりうる。事件にさえ遭遇しなければ、幸いな高校生活を送れるというのならそれでいい。だが現実は、高校の日常にまでインベスティゲイティブ・リポーティングの矛先を向ける緊急性があった。事態が、取り返しのつかない寸前にまで病み始めてしまっているからだ。高校という場が子どもたちにとって心の拠りどころ(アイデンティティ)として、まさに高校でなければ身につけられない存在の独自性(アイデンティティ)が濃密にあるならば、あえて内部取材に乗りこみはしまい。
 ただしここで「取り返しのつかない寸前」といったのは、刮目すべき潮流が確かに胎動している事実も見逃せないからだ。その点で、やや意外に思われるかもしれないが、日本の高校教育に対して僕は楽観主義者であり続けようと、そう思っている。本書で、はしばしに描かれているはずの、暗澹たる事態が集団志向による罪であるとすれば、希望はあくまで個人志向による創造的営みに見いだされるに違いない。
 この本が「高校」をテーマにした理由は、学校制度の中でそのアイデンティティが最も希薄な場所に陥りつつあるからだった。義務教育と、大学を含めた社会という自律的生活との狭間にあって、高校は、ちゅうぶらりんの、にもかかわらず無自覚に大量の子どもたちが通過せざるをえない、それだけに矛盾を抱えすぎた存在になってしまっているからであった。日本の近代的学校システムが半ば強引さをともなって産声をあげてから一世紀あまりがたち、今どうなったかといえば、個人が背景にしりぞいて集団志向が前面に突出し、青春(これは死語になったのか?)の最も多感な時期にあたる高校は、明らかに二極分化が急速に進展してしまった。大学進学専門装置化とモラトリアム装置化とに、である。前者は、高校の数からすれば明らかに少数派にすぎない。だが、文部省の顕在的統計によってさえも四九%が大学および短大への進学を希望しているのであってみれば(行けるものなら行ってみたいという進学希望先は、一〇〇年前には小学校だったのが現在は大学になった)、矛盾はおのずと、数の上では圧倒的な後者に集中せざるをえない。
 それはしかし、はたして悲観すべきことだろうか。もちろん例によって「生活指導」という名のイタチごっこに終始しようというのであれば、悲観すべきではある。だが、日本における「近代化」という名の集団主義(本来からすれば近代とは個人の確立であったはずなのだが)のもたらした、子ども観の数字化(としかいいようがない)へのアンチテーゼは、後者でこそ本来、その多彩な実現へのチャレンジも、やりがい(これも死語か?)があるというものではないか、と僕は思う。誤解を恐れずにいえば、モラトリアム装置なればこそと、その柔軟さに居直ればいいのだ(生徒の意志を無視して中退させてどこが悪い、といった居直りではない、念のため)。
 この本の中でやや数字や統計が頻出しがちだったのは、教育界ではあまりにも子ども観の数字化が支配的でありすぎるために、その構造を斬るためには、どうしても避けて通れない段取りであったからだ。あまりいいたくないことだが、子ども観の数字化を実際にあおりたててきた共犯者は、親たちである。そういう現実も見逃すべきではない。
 教育は、教育の世界として閉じていていいわけは、ない。地域社会(第一章)や家族友人(第二章)や産業技術(第三章)や民族形成(第四章)や政治風土(第五章)などとも、それは分かちがたく密接に結びついている。
 高校教育は、ただ教師や親によって担われるべきものでも、ない。ときには、マスコミ(第一章)や法律家(第二章)や職業人(第三章)や異邦人(第四章)や一冊の本(第五章)も、その埓外にあるわけでは当然ないだろう。
 学校現場の指導は、絶えず教え手の自制なしに行使されるべきでは、ない。指導の自己目的化(第一章)や、生徒のためという大義名分さえあれば何事も許されるかのような錯覚(第二章)は、ときに犯罪的な事態をすら誘発せずにはおかず、しかしだからといって教育者の自制は無気力へではなく、むしろ腹をすえた大胆な挑戦へと向いたい(第三章)。生育環境へのいたわり (第四章)や、個性への支援(第五章)を公教育が怠れば、その存在意義は無に帰さずにはおかない。
 高校における学力は、詰めこみの競い合いとしてのみあっていいわけは、ない。生命への敬虔さ(第一章)と、個性への尊厳(第二章)とを前提としつつ、多彩な体験(第三章)、豊富な言語能力(第四章)、そして暗記にとらわれぬ思考力と表現力(第五章)とに裏打ちされた学力こそ、子どもたちには求められているといわなければならない。マニュアル的な問題速答式学力にかわって、時代が要請しているのはまさに、課題設定および解決思考型の学力なのだから。
 本書は、こうした一連のテーマから成り立っている。いずれも月刊誌「世界」で断続的に掲載されたあと、共感の声にまじって、いくつかの反論も寄せられた。たまたま取材の対象となった高校では、例外なくそこの教師たち全員に、しばしば反感をもって回し読みされたという各校からの報告は、内と外との対話をめざした者としては歓迎すべきことだ、と思う。
 ここで、そうした反論にも応える形で、各章についての補足を若干しておきたい。なお、本文中で補える箇所については、文意をより明確にする作業をいくつか試みた。

 第一章「閉ざされた回路」
 神戸高塚高校で事件があったあと、文部省は全国的に校則や指導の見直し点検運動を呼びかけている。確かに同校の校則自体には、大幅に変更が加えられた。だが全国の高校は、その「指導」のあり方において、旧態依然のままだといわなければならない。事件から二カ月近くがたって文部省が各都道府県教委に指示したのは、「生徒の個性尊重」と「国民の常識にかなった指導の実践」に基づいて、「生徒や保護者との信頼関係」や「教員間の意思疎通」を十分に築きえているのかどうか、つまり開かれた回路づくりに意欲的であるか、を問いかけたのだった。それから半年あまりで、続々と都道府県教委から文部省には校則見直しにかかわる成果報告がなされるのだが、生徒が読んだこともない一〇〇項目もあった校則を五〇項目にすることくらいは半年でできたにせよ、「生徒の個性尊重」や 「常識にかなった指導」という本質的改革が、半年やそこらで実現しましたと成果報告してしまえる、その精神構造を僕は寒々しく思う。校則に対する本格的見直しなど、文部省は近いところでは八八年四月にも厳格に指示していたはずであろう。要するに、何もかわってはいないのだ。校則の明細よりもむしろ、閉ざされた回路構造をこそ現場教師たちは自らの意識改革として、まずは真剣に取り組むべきだと再度強調しておきたい。
 なお最近、H被告の公判記録を繰っていて、強烈な印象をきざまれた箇所がある。第一〇回公判(九一年九月一七日)で、当時の高校三年生が検察側証人として、こう述べていたのだった。「日本史の授業で〔H教諭は〕『遅刻者がなくなったら、高塚はええ学校になる。もしライフルがあったら、遅刻者を撃ち殺したい』といっていた」と。ライフルが鉄製門扉にかわった、ということよりもむしろ問題は、H的教師が「指導熱心」と見なされていた高校の現況にこそある、と僕は思う。

 第二章「中退させる権利?」
 このルポが月刊誌「世界」に掲載された一週間後、つまり九一年四月一七日に赤穂高校の職員会は、「記事の読み合わせ、対策委員会を設置」したのだそうである(以下すべて引用は「『赤穂高校問題』総括~経過の考察と今後の課題」による。文書の起草は長野県赤穂高等学校、日付は九一年一〇月一六日)。新年度早々、四月一七日に設置された対策委員会は、五月八日までに四回の会合をもったのちに「『世界』問題への方針」を職員会議に提起。教委や組合や学会や「世界」編集部など、「働きかけるべき対象」を列挙した上で、ルポの批判検討を進めていったという。それから約五カ月にもおよぶ論議のすえ、九月一八日ようやく「記事の批判検討と私達の見解」という文書が「〔対策委員会から〕提案、審議され〔職員会議で〕承認された」。  これほど熱心に、しかも合計六カ月もかけて批判してくださるなら、筆者としても本望である。多方面にこの批判文書を配布するのも結構だが、僕は同校の校長と教頭らにルポ執筆内容の事実確認を重ねた上で、掲載誌発送に際しては「批判を歓迎いたします」と書き添えておいたのだから、せめて直接に批判文の一通くらいは僕にも送付してもらいたい、という点はここでおくとして、批判文はもちろん謙虚に読ませていただかなければならない。一八ページにおよぶ全文を、ここに転載したい衝動に駆られるのだが、こらえて、いくつかだけを抜粋してみよう。
 赤須君が持病を抱えていた、という事実を否定するために提出された反証は、「〔復学後の九一年〕三月四日、彼は生活指導の先生と一緒に30㎞のコースを快走している」 (僕は、彼の無事を喜びたい)。学校側は提訴の取り下げを嘆願している、という記述に対しての反論は、「提訴のとりさげを嘆願したのではなく、教育的場面と教育的方法においての解決を追求していたものである」(僕は、その「教育的」あり方そのものを批判したはずだ)。赤須君の復学後には密室空間に隔離していた、という指摘に対しては、「カーテンは対面の校舎から彼のいる部屋がショーウインドーの様になってしまうのを配慮しその範囲をしめたもの。鍵云々は、彼のいる内側の2カ所あるねじの錠の一方を、事情を知らない他の生徒たちが飛び込んだことがあったので止めたもの」(いったい、これが反論なのだろうか)。赤須君の主張をまったく信じようともせず担任の暴力的行為には目をつむる報告書は、絵にかいたような学校式作文の典型だ、と僕が文中で指摘したことに対しては、「学校式作文の定義が明らかでない。事実を書くことが学校式作文なのか?」 (ここだけ、なかなかユーモラスな表現だ。僕がやや皮肉をこめた学校式作文の定義とは、生徒を信じようとしていないという一点に尽きる)。しかも、赤須君は高校生活一般に適さないと学校側が確信したなら、なぜ他の高校への転校などアドバイスしえたのか、という僕の指摘に対しては、「最初に父親がその可能性の有無を打診してきたので方途を一例として示したもの」と反論する(理不尽な退学強要という事態を前に、わが子の進路を案じる父親の痛みと戸惑いが、彼らには理解できないのだろうか)。生徒の自主性やら基本的人権やらといったスローガンのみは何度も彼らは宣言してみせるのだが、やむにやまれぬ法的手段を赤須君親子がとったことに対しては、「真に生徒本人の自発的行為であるとはいいがたく、裁判によって未成年者である本人の大切な将来が実質的に損なわれるということは、心の痛むところである」と断じる (一八歳青年の自主性を微塵も信じることができない教師たちの生徒観が見事にあらわれているということは、心の痛むところである。それにしても、「本人の大切な将来」を損なおうとしたのは、いったい誰なのだ)。また学校側は、一方で赤須君親子が「法廷やマスコミを利用して学校と担任に打撃を与える動きを続けるものと考えられる」と断言しておきながら、他方で「生徒、父母との信頼関係」こそが学校の使命なのだとだけ繰り返す。結果的には赤須君を卒業させえたのであってみれば、関係修復の努力を安易に放棄した教職員の怠慢を自省して当然であろうし、むしろ問題は学校側にこそあるのであって、卒業して進学したいと切望する生徒に退学を強制しようとしたのは不当である、という根本的な指弾に対しては、「生徒が卒業すると言えば何をしても何をしなくても卒業させろというのだろうか」とトボケる。
 「『赤穂高校問題』総括」とはことごとく、こうした種類の文の羅列であった。こうして、六カ月もかけて起草した「総括」の結論は、ルポ「中退させる権利?」が、「国民に学校や教職員にたいする大きな不信感を広げ、民主的な高校教育をめざす国民的運動の発展に、大きな障害をつくりだそうとするものといえる」そうだ。ルポがそうしたのか、ルポに描かれた教師たちがそうしたのか、混同すべきではあるまい。
 ただしこの「総括」を読んでいて一カ所だけ、目からウロコが落ちるような新鮮な発見があった。いわく「学校の指導が拒まれると言った事態は、私達の予期しないところ」だった、いわく「ひとりの未成年者である生徒の問題を〔その生徒の側から〕マスコミであからさまにすることなど考えてもみなかった」と吐露しているくだりだ。まさかこれほどまでに激しい、抑圧的体質と傲慢さをもって「指導」にあたっていたのならば、是正を求める言葉がまったく彼らに通じなかったのも、道理だといわなければなるまい。内部文書や記録を教示してくれた教師がいたとはいえ(そういう協力者がいなければ、どうやって僕はその文書に接することができようか。それを彼らは、「自分のものでもない文書を了解を得ることもなく覗き見たり......法に触れる事にもなりかねない」と難詰している。盗みに入ったとでもいわんばかりだ)、「教職員の全会一致」でこうした居直りを決め込むに至ったとは、あまりにも悲しい結末であった。
 なお、赤須弘典君は一年間の専門学校をおえたあと、九二年四月から実家にもほど近い松本市にアパ-トを借りて、念願の和風レストランで働き始めている。余計なこととは知りつつ新宿の専門学校にたずねてみれば、彼は卒業生で唯一の「努力賞」を授けられたのだと、高校での一連の経過をも心得ていた代表者は、そう教えてくれた。

 第三章「農業高校の挑戦」
 南安曇農業高校三年三組は九二年の春、それぞれに巣立っていった。総勢三八人のうち、就職した生徒は五人、二年制の長野県農業大学校三人を含めて専門学校が五人、農業短大二人を含む短大へは九人、そして信州大、宮城教育大、広島大、筑波大、東京農大など四年制大学への進学者は一八人(国立大学一〇人、私立大学八人)、大学浪人は一人。希望進路の実現という点でも、大学への現役合格率という点でも、進学校を大きく引き離して長野県内トップの成績をおさめた。しかも大学短大をあわせて農業課程への進学を果たした生徒の豊富さは、新しい農業経営者の誕生を予感させてあまりある。
 ところで、第二章も第三章もともに、信州教育の異なった断面だ。僕はあえて、この二つを並列させて描くことにした。教え手と学び手との切磋琢磨によってのみ、教育の内実が形づくられてゆくに違いなく、その点でまさに、二つの教育現象の対照的な営みがきわだってくるはずだと思ったからである。いうまでもなく、赤穂高校を全否定し、南安曇農業高校を全肯定した、などと見るのは誤解としては最悪の部類に入る。前者を非難し後者を評価したのでも、むろんない。総体としてのA校やB校の教師や生徒その他を、ひとまとめに批評することなど、できはしまいし、やるつもりもない。第二章では、あくまで教員集団における中退強要指導の錯誤を、全国各地で頻繁に見受けられる典型例として描いたのであり、第三章では、あるクラスにおける教師生徒父母の言行一致を、もしもわが子ならばそうした体験豊かな営みを通過させたい、といった素朴な共感から描いたにすぎない。

 第四章「チマ・チョゴリへの視線」
 異文化と共生するという意味での「国際化」は、しかし、なまやさしいものではない。「教育の国際化」などといったスローガンのもとで進められているかに見える、中国残留帰国者らの子弟にせよ、外国人労働者の日系人に限定した受け入れにせよ、また海外帰国子女「対策」にせよ、これらはいずれも「日本人の血」のみにこだわった、ゆきあたりばったりの民族主義的処方箋にすぎない。異文化を削ぎ落とし、同化を強いるという点で、「教育の国際化」などでは断じてなく、それらはむしろ「教育の国粋化」とさえいっていい。本物の国際化における個人レベルの課題は、まず受け入れがたい異質と接して自己葛藤にうちかつことだ。社会レベルの課題は、異文化人と共生してゆく長期的プログラムを練りあげていくことだ。
 同化か排除かという心貧しき二者択一を迫る「国粋化」観しかもてないできた、この国の汚名を挽回すべき最大の試練は、在日朝鮮人らに独自のアイデンティティを妨げないことだと、僕は思う。だからこそ、むしろ日本人の問題として、民族教育を一度真正面から見据えてみたかった。高校教育における国際化とは何か、そのヒントをくみとっていただければ幸いである。

 第五章「<学力低下>の構図」
 最近しばしば「学校幻想」という言葉が使われる。僕の見るところ、その本質は「学力幻想」にほかならない。確かに、幼くして過酷な労働力の一端を担わざるをえない世界中にいる無数の子どもたちを実際に目のあたりにして、僕は日本の学校存在を否定しさる気にはなれない。あの子たちにとって学校は、文字通り「幻想」なのであろう。ただし日本という国に限っていえば、学力の何たるかを思考せずに、ただひたすら画一的に限定された暗記力を競い合い、入学試験突破のための点数獲得力をのみ「学力」と錯誤するあり方に、尋常ならざる思いが僕にはある。ここで、学力の定義論争という不毛な論議に首を突っこむゆとりはない。強調したいのは、少なくとも学力が個人の生のために有意義なのだとすれば、しかも個人の生が多彩であるのが健全な社会のあり方だ認めさえすれば、せいぜい百字が限度で答える画一的な試験突破力のみをもって、子どもたちの思考を偏狭に落としこめてきた教育現象は、社会の不幸を助長してきたのではないか、という点である。端的にいえば、受験学力のいびつな訓練は、思考力を鈍化すらしてきたのではないか、という疑念が僕にはある。ただし問題は、それほど複雑でもないし絶望的でもない。日本という国家意志が、多彩な個人の誕生を心地よく思っていないから、などという袋小路的議論に入りこまなくとも、たとえば入学試験の採点官が怠惰と別れを告げさえすれば、ことは済む。そういう側面が実は濃厚なのである、と僕は思う。お気づきのかたも多いだろうけれども、本書が一貫して解明しようとしてきた最大の対象は、この「学力幻想」についてであった。
                    *
 高校中退のかげで密かに進行しているのは、大学検定試験と通信制高校の「人気」ぶりである。なぜなのかに、関係者は思考をめぐらせるべきだろう。そしてまた「高校」を語るとき忘れてはならないのは、高校に行けなかった数%にもなる子どもたちのことだ。たまたま僕の住む近くに紡績工場があって、北海道や東北地方や北陸から親元を離れてそこで働き、給料の半ばを実家に仕送りしながら、工場内に建てられた教室で高校課程の授業を受けている。早番は午前五時から生産ラインにつき、一週間交替の遅番では午前九時から授業が始まって、午後一時半から一〇時まで働く。「うち、貧乏だったから。それに、お父さんもいなかったし」という彼女たちはまた、「お金の大切さも、親のありがたさも、ここへ来てよおくわかったから、差し引きプラスかな」と話す明朗さと自律心を兼ね備えている。人は、学びたいときに思いきり学べばいい、僕はそう思う。

  一九九二年四月二〇日
日 垣  隆

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