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電子書籍版 子どもが大事

kodomodaiji160.jpg 子どもが大事!
1998年発行

PDFでお読みいただける、
当サイト限定電子書籍版
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定価:1,470円730円 引き続き特別割引実施中!

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はしがき

第一話 兄よ、弟よ
弟を亡くし、命のはかなさと家族の重みに気づかされた時、僕は十五歳だった。以来、ずっと考え続けてきた。家族とは、そして親には、一体何ができるのかと。

第二話 親修行の旅
世界各地で働き、飢える少女たち、さまよい、捨てられた少年たち。その点では日本の子どもは幸福に見える。だが、それほど単純か。僕は我が子を旅に連れ出した。

第三話 子どもと遊ぶ
親になってしまうと忘れがちなことだが、子育てが「大変だ」と思っていられるのは、実はほんのわずかな歳月でしかない。家族連れは毎週いかに遊ぶか、を全公開。

第四話 子どもと行く
子どもとの「お出かけ」も、将来の進路に重大な影響を与えているかもしれない。ただし大切なのは、親が楽しむことだ。遊びのなかにも「人生哲学」が潜んでいる。

第五話 いじめ騒動記
長女がある事件の当事者になったことを知った。いじめた側の親となった僕は、ジャーナリスの目で内側から我が子のいじめ事件を「徹底取材」しようと思った。

第六話 留学だより
十五歳になったら一人で海外に行けるような子に育ってほしい。僕は最初の子が生まれたとき、そう願ったのだった。ついに十五歳になった長女が英国へ飛び立った。
抽象論は聞き飽きた―あとがきにかえて

はしがき

かつて僕は熱血サラリーマンでした。
 熱血であることはいいのですが、幼な子とのかかわりが薄いことを、まるで仕事に没頭しているから仕方がない、みたいに思い込もうとしていた時期があります。そのような渦中にあると、それが言い訳であることにすら気づかないものです。
 自分の役割を何よりもまず稼ぎ手として自己規定している人は、えてして「誰のおかげで食わしてもらっているんだ」というような横暴な啖呵をきる傾向があります。そういうおじさんは、勤めている会社が傾いたりリストラにあったりすると、自分の存在意義を簡単に見失ってしまうのですね。
 全国民的に、食うことが精一杯であった極端な時代には、「子どもに食わせること」だけで親たりえたかもしれません。しかし現代にあって、子どもと親との関係が、無意識とはいえ、生活費というおカネの関係だけに短絡してしまうのは、いかにも哀しすぎます。景気が上向きでないときには逆に、「子ども」や「家族」について、ゆっくり考えることができるのではないか、と僕はひそかに感じています。
 一一年ほど前に、僕は会社を辞めて物書きになりましたが、今度は熱血作家になってしまっただけのことでした。外国を飛び回り、締め切りに追われ、どんどん新しいテーマに挑み、またしても子どもを放ったらかしかけました。だいたい、いったん熱血モードのスイッチが入ってしまうと、たまに家事やら育児をやったら、それだけで俺は家族思いだ、みたいな錯覚をもちやすい傾向に男たちはあるように思われます。たまの日曜日に子どもを連れ歩いたり掃除をしたり夕食の準備までしたからといって、奥様に「感謝の言葉」を強要する、同性の知人たちの例には事欠きません。だったら、奥様に毎日「感謝の言葉」をかけているのかい。
 ただし、熱血という生き方じたいは否定しようとは僕は思いません。そのような熱血ぶりの、その何分の一かを、たった数年でいいから子ども(たち)にも注いでみたら、というのがこの本を書いた動機です。ひとは、いつ死ぬかわかりません。まあ仮に七〇年から八〇年は生きるとしても、我が子が生まれて、その子たちと思う存分に遊び、その交わりと営みを通して親から子に知恵を伝えられるのは、ほんの数年程度しかないのかもしれません。昔だったら狩猟や牧畜や農業や呪術やらを十何年もかけて伝授したようには、今の親子関係はありえなくなりました。でも、だからといって何もかもを放棄してしまい、お勉強さえやってくれればあとは自由放任などという錯誤の結果は、どうしようもなくワガママで無責任な少年少女たちを量産するだけのことになってしまいます。
 最初の子どもが生まれたのは、僕がまだ二三歳のときでした。親として若すぎ無知無自覚の極みでしたが、一つだけ、子育ての「方針」を持っていました。それは、この子が一五歳になったとき一人で外国に行けるような子に育てたい、というものです。別に、本当に外国に一五歳で行く必要はありません。あくまで「自立」に関する目標です。目標は具体的であるほうが望ましいでしょう。そして、生まれたばかりの初めての子に、僕は手を合わせて祈りました。親より先に逝かないでくれ、と。多くの方から見れば少し異常なことかもしれません。
 長女が小学校に入学したとき、僕はひどく恐れていました。担任や校長に、ずいぶん厳しい口調で、子どもたちを傷つけるな、と要請したのです。それは、またしても自分の属する家族が子を失う事態だけは避けたい、という叫びにも似た恐怖からでした。そんな僕が、ああ親になってよかったな、と思えるようになるまでの経緯を、この本の最初に書きました(第一話「兄よ、弟よ」)。
 あいかわらずの熱血ライターよろしく国内外を飛び回りながら、ふと気づけば視線は現地の子どもたちに向いてしまい、さらにときどき我が子を旅行にも同行するようになって心底、父子で時を過ごす愉悦を知りました(第二話「親修業の旅」)。
 そうはいっても実は、子も親も心から楽しんで「お出かけ」できるのは、きょうだいがいれば、ほんの数年しかない場合も多いのではないでしょうか。そういうわけで、我が家の「お出かけ」の実録を、遊びのノウハウとしても読めるよう具体的に書き留めました (第三話「子どもと遊ぶ」、第四話「子どもと行く」)。
 これまた特殊な体験ではありますが、むしろ「極端」であるほうが逆に教訓化しやすい、というか、あまりに「普通」であったら文章にしてもつまらない、という事情も実はあるのだけれど、長女が一方の当事者になったある事件を詳細にリポートしました(第五話 「いじめ騒動記」)。
 僕はライターとして、自分にしか書けないことだけを書くように、ずっと心がけてきました。この本も、そのような一冊であり、我が子をずっと間近に「徹底取材」し続けてきた父親による記録という希少なノンフィクションです。自分でいうのも、なんですが。
 第一話から、第二、三、四、五、六話と進むにつれて、我が三人の子たちは年齢を上げていきます。たとえば第二話で小学校三年生、第三話で四年生だった長女は、第五話では中学三年生、第六話では高校一年生になっている、という具合です。二つ下の息子、さらに三つ下の次女も、あたりまえですが、一緒に年齢を重ねながら、この本のなかに登場してもらいました。
 長女の登場頻度が高いのは、最初に大きくなった、という以外の意味はありません。僕としては、むしろ下の子との接触時間のほうが長いわけですから。ともかく今春、その長女は高校一年生になり、英国ケンブリッジに留学するため、つい先ほど、ひとりで成田空港から飛び立って行きました(これは彼女の帰国後、第六話「留学だより」として書くことにします)。親としては、お出かけや体験や対話やらの成果かどうかは知りませんが、とにかく長野駅から単独で成田空港まで行き、さらに国際線を乗り継いで見知らぬ土地の学校で一夏を過ごす、ということを一五歳でやれるようになったのは喜びつつも、やっぱり親としては淋しいものなのです。
 あっという間であったなあ。

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