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電子書籍版 情報の「目利き」になる!

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メディアリテラシーを高めるQ&A
ちくま新書

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定価:735円 → 420円 特別割引実施中!

甘い言葉にご用心!
「知る」力をアップし、「考え」を誤解なく伝える--。
現代人に欠かせぬ力が身につく知的実践の書。


紹介文

メディア・リテラシーとは端的に言って、「情報の目利き」になることだ。「目利き」になることで私たちは、簡単には騙されなくなる。仕事であれ音楽であれ建築であれファッションであれ、騙されずに最後まで愉しむためには、このリテラシーが欠かせない。では、どのようにして身につけるのか? 本書では、「情報の目利き」たる著者が、自らの実践に基づき、その技法をQ&A形式で分かりやすく伝授。現代人必読の一冊だ。

目次

はじめに
《メディア・リテラシー基礎編》
第1話 自己紹介は難しい
第2話 読書量を増やすには
第3話 集中力を養う方法
第4話 詐欺に遭わない!

《メディア・リテラシー発信編》
第5話 自分のサイトをもつ
第6話 疑問に答える
第7話 肩書きについて
第8話 現代ファッション考

《メディア・リテラシー懐疑編》
第9話「問題」を抱え続ける
第10話 ニュースにどう反応するか
第11話 科学的センスを磨く
第12話 TVドラマへの突っ込み方

《メディア・リテラシー激闘編》
第13話 なぜ実名報道なのか
第14話 新聞社にも常識を
第15話 原稿料の公開について
第16話 対談料はおいくらですか

《メディア・リテラシー応用編》
第17話 感想を企画書に変える
第18話 どうして旅に出るの?
第19話 私の情報収集法
第20話 究極の読書論

あとがき
はじめに

 メディアとは媒体のことです。例えば遺言状は、紙というメディア(媒体)の上に、一定の法的手続きに則って書かれた文章形式だということができます。ニュースであれば電波や紙、具体的にはテレビやラジオや新聞がメディア(媒体)です。不特定多数に向けて発信された場合、それはマス・メディアと呼ばれます。マス・メディアとは、すなわち大量媒体のことです。しばしばマス・コミ(マス・コミュニケーション)と同じ意味で使われていますよね。
 不特定ではないけれど多数の受け手を想定している場合、例えばコンサートでは武道館の会場などがメディアとなります。もともと音が共有される場のことを、古くはメディウムと言いました。数名の井戸端会議なら、音波を震動で伝える空気が会話のメディウムということになります。メディウムの複数形がメディアです。
 つい最近まで、「メディア・リテラシー」という概念は社会学者や教育学者を中心とする一部の専門家の間でだけ使われてきました。彼らによれば、リテラシーとは「読み書き能力」のことです。どうして、これほど役に立つ言葉を、そんなに狭い意味でしか使えなかったのでしょうか。それは彼らが、文字で書かれた学術論文しか信用しない人たちだったからです。
 ちょっと、言いすぎました。
 もともとリテラシーとは、識字のことです。つまり、まさに読み書き能力のことを指していました。そこから転じて、ある分野での「読み書き」に相当する知識や能力を、何々リテラシーと呼ぶように応用されたわけですね。例えばコンピュータ・リテラシーというように。でもそれは、コンピュータを使えるようになる、というほどの意味でしかありませんでした。

 ここ数年来、メディア・リテラシーへの注目度が高まっています。教育雑誌などでも比較的注目度が高いテーマなのですが、しかし残念ながら「メディア・リテラシーの授業50選」などと題された特集でも、表計算やワープロ・ソフトの使い方やら、せいぜい新聞社や地元のNHK放送局を見学しよう、新聞記事を使った授業をしてみましょう、という域を出ていません。私が小中学校に通っていたころ、学校教育現場でメディア・リテラシーに相当するものは、テレビを授業に使うという試みでした。
 でも、そんなことをわざわざ「メディア・リテラシー」と呼んで大騒ぎする必要があるでしょうか。
 ほんの5年ほど前なら、中学や高校の授業を通じて電子メールを生徒たちが使えるようにするには、大変なエネルギーを要しました。しかし、その大半が多機能ケータイを持ち、メールを過剰なまで頻繁に打つようになった現在、「ケータイの使い方」やら「メールの打ち方」を伝授する大衆教育は必要不可欠でしょうか。
 リテラシーの元祖である「識字」も、あいうえおの読み書きに限定してしまえば、いまや小学校入学前に圧倒的多数が習得済みという時代ですから、日本の学校にその教育は必要ない、とまで言わないにしても、その役割は大いに低下しているのは間違いありません。しかし、そもそも学校教育とは、広い意味での識字教育なのです。あいうえおと常用漢字の読み書きができても、ただちに敬語が臨機応変に使えるようになるわけではありません。同様に、ケータイやメールを同世代の間で使いこなせていたとしても、社会人として必要な報告書を上司にメールで提出できるようになるわけではないわけです。

 メディア・リテラシーとは、私の考えでは、目利きになる、ということです。これは学校教育では扱え切れる範疇を越えています。広い意味での識字は学校教育の課題ですが、メディア・リテラシーは社会人の教育的テーマです。仕事の現場でリテラシーは、良きプレゼンテーション、あるいは説得力として機能します。
 それを身につけることで、何に役立つのか。
 偏った情報に接したとき、それが偏った情報であることを見抜けるようになる。
 騙されない。少なくとも、修復不可能な騙され方をしない。
 できるだけ自分を、あるいは自分たちを客観的に見ることができるようになる。
 読書や調査が効率的になる。
 ほかにもいろいろあります。それを本書に詳しく書きました。

 私に、これらの能力が備わっている、と言うわけではもちろんありません(ちょっとだけ言っているか)。そのような能力が欠けていることをかなり以前から強く自覚し、少しずつ日々前進するよう努めてきたにすぎませんが、私の他の本を読んでくれた人たちが、現在のおまえに聞いてみたい、とメールなどで質問してきてくれたことに答えたものが本書のもとになりました。本書がQ&Aの形式をとっているのは、そのためです。書物として編み直すにあたり、質問者には心から敬意を表し、必要に応じてそのバックグラウンド(年齢や職業)は残しつつ、できるだけここでは質問文もいったん私の言葉に置き換え、1冊の本としての統一感に心がけました。
 私の個人サイト「ガッキィファイター」は、第5話で詳述するような次第で始めたのですが、『現代用語の基礎知識2002』別冊付録にも紹介されました。
 すいません。間隙を縫って自慢話が入りました。
 私のサイトにくる人たちは、たいてい私の本または連載を読んでくれていると判断していいと思います。しかし本書の読者には、たまたまタイトルに興味があったから買っただけで、おまえのことなど全然知らない、という方も多いでしょうから、第1話で敢えて自己紹介をいたしました。ただし、未知の方への便宜のためにだけ、そうしたのではありません。自己紹介という試みは、メディア・リテラシーの出発点であり、なおかつ着地点でもあるからです。名刺も自己紹介の一種ですが、個人サイトも今後は自己紹介の重要な形式として見直されてゆくでしょうし、刻々と更新されるサイトはリアルタイムで進化成長する巨大な名刺とも言いうるのです。およそ10年後には、サイトは名刺だ! というテーゼはきっと手垢のついた、ありふれた言説と化していることでしょう。いや、3年後かもしれません。
 ここで私が強調しておきたいのは、メディア・リテラシーを語るうえでウェブサイトを除外するわけにはいかない、ということと、けれども同時に今後も「ニュースを理解する」「本を読む」「専門家や当事者の話を聞く」「考えながら書く」はメディア・リテラシーの基本であるという点です。
 そしてまた本書では、実践的であることを一貫して心がけ、さらにリテラシーの応用範囲を「ファッション」や「悩み」や「旅」などにも広げました。
 お楽しみください。

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