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部活のウソ

bukats160.jpg PDF版 部活のウソ 


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  「部活」は外国人に説明が難しい日本固有の制度である。レギュラーになれずスタンドで応援するのは美しい姿なのか?
行き過ぎた私物化も招く「部活」そのものに異議をとなえ、具体的解決策を提案する。




目次

問題の提起
解決の方法
廃止の根拠
改革の要諦



【立ち読み】

問題の提起

[前略]
 実は、部活という言葉や実態を外国人に説明するのは、ひどく困難を伴います。単純に英訳すれば、クラブ、あるいはアクティビティということになるでしょう。教育関係の国際的な集いでスクールースポーツ・チームと英訳されていたのを耳にしたことがあります。
 日本の部活には「理科」や「美術」や「書道」や「落語研究会」などもあるので、スポーツに限定する翻訳は不適切かもしれません。  ただし日本人が回顧的に、あるいは保護者として部活に関して発言する場合は、運動系に限定されるのが一般的です。吹奏楽部や合唱部のょうに、地区大会から全国大会までピラミッドになっている場合は、ここで言う部活に含めたほうが適切だと思われます。

 さて、ときどき新聞の投書棚で、《孫が在学中最後の地方大会でスタンドから声援する純粋な姿に目頭が熱くなった)というょうな無職72歳(あくまで一例)がおいでになります。4回目の離婚や冤罪体験や交通事故でさえ、あらゆる体験は有意義である、という意味でならおっしゃるとおりです。

 けれども、お孫さんはその野球部(一例)に、野球をやりに入ったのでしょうか、それとも3年間ずっとスタンドで黄色いメガホンをもって声をからすために入部したのでしょうか。

 継続にこそ意味がある、というご意見もあるでしょう。一般論としては賛成です。私は、甲子園批判論者ではありません。私自身、小学校からずっとスポーツには親しんできました。子どもたちも3人とも運動部系部活にずっと入っていましたし、長女の部活には1年間コーチとして関わる濃密な体験すらしたことがあります(詳細は日垣『情報の技術』朝日新聞社、『情報系これがニュースだ』文春文庫に収録)。

 そんな体験や見聞をとおして、部活翼賛派と部活全面否定派が、水面下で軽蔑しあったり、自己の体験を正当化し合ったりするのは、無意味だと痛感してきました。

 私か言いたいのは、部活の指導者に、生徒から「スポーツを楽しむ日常」を奪う権利があるのか、という一事に尽きます。
 この問題は簡単に解けるでしょうか?

[後略]
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