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若木は嵐にたえて ―琴線にふれる「共有」―

wakagi160.jpg 若木は嵐にたえて ―琴線にふれる「共有」―


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「教育県」と言われていた長野県。しかし1980年代、教育現場では硬直化や管理教育の弊害が表面化しつつあった。
長野県人として地域の教育問題に迫り、時には生徒に寄り添いながら、「学ぶこと」について語り、疑問を投げかける。
1988年信濃毎日新聞に連載され、ジャーナリストの原点となった作品。サイトでのみ発売開始!




目次

ある青年教師の死 (上) ...教育現場に届かなかった熱意 
ある青年教師の死 (下) ...妹先生の「いのち」の授業
教育周辺問題探検隊 (上)...夜間中学を訪ねる
教育周辺問題探検隊(下)...子どもを救う病院内学級
二つの"祖国"        ...日本語学校で活躍するある女性
卒業 (上)          ...忘れられない先生の言葉
卒業(下)          ...みんなでいじめを乗り越えて
いじめからの脱出    ...硬直した教育現場
「学校事故」もうご免 ...あの事故は防げなかったのか
もう一つの青春 (上)  ...働きながら学ぶということ
もう一つの青春 (下)   ...それぞれの事情



【立読み】

「入学を希望する人は、いつでも相談に来て下さい」
 荒川九中二部の校門には、こんな看板が掲げられていた。昼間の授業はだいぶ前に終わっている。午後5時50分、二部の第1時間目の始業を知らせる鐘が鳴った。国語の授業を受けもつ見城慶和先生の宏丙で「基礎クラス」の教室に入る。生徒はわずか5人。生徒たちはもう教科書を開いて熱心に勉強を始めていた。「人手が足りませんから、みなさんも一緒に手伝ってください」。見城先生が、見学者である信大生たちに声をかける。隊員のひとりでもある山口先生もこれにこたえて、少女の横に腰をかけた。ベトナムからの難も一緒に手伝ってください」。見城先生が、見学者である信大生たちに声をかける。隊員のひとりでもある山口先生もこれに答えて少女の横に腰をかけた。ベトナムからの難民であった。16歳。両親は祖国に残っている。9人兄弟の末っ子だ。ボートに乗って日本へ向かう途中、兄のひとりは餓死してしまった。彼女は現在、浅草の工場に住みこみで 勤めている。小学5年生の教科書を、日越辞典を片手に一生懸命読み進めていった。日本にきてわずか6カ月とはとても思えない。 小学校低学年のころ日本へ両親とともに強制連行されてきたというオモニ(朝鮮人の母親)は、「死ぬ前にせめて文字くらいは読めるようになりたいから」といってここに入学してきた「中学1年生」であった。

                    *

 椎名香寿美さんが担当したのは、50歳のAさんだった。椎名さんが横に座りしばらくすると、Aさんはニコニコと笑いながらこういった。

「こんなの読めないなんて、おかしいでしょう」
 Aさんは九州出身だ。父は戦死。戦中戦後の少年期を母親の細腕だけで育てられた。しかし、家族の食糧が底をついてしまう。「口べらし」のため奉公に出た。そして、13歳で上京。Aさんは、仕事ののみこみが早かったから、何年か働くと現場の「班長」になるよう推薦された。しかし、そのたびにAさんは職場を転々としなければならなかった。班長になれば日報を書かなければならない。Aさんは、字が書けなかった。

 Aさんは、13年前にも一度、この学校に通ったことがあった。子どもの就学期を迎えて、生活のために残業に残業を重ねなければならず、休学せざるをえなかったのだ。だ、が「危険」や「注意」の文字が読めないのは命とりになる。履歴書を書かせる職場には就職を希望することも不可能だった。子どもが独立して、Aさんは荒川九中にやっと戻ってきたのだ。 

教育周辺問題探検隊 (上)...夜間中学を訪ねる より
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