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消せない記憶 中国残留日本人への旅

kesenaikiokku160.jpg 消せない記憶 中国残留日本人への旅


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旧満州に開拓団として家族に連れられて海を渡った子どもたち。
中国東北部には日本の敗戦後ソ連軍の侵攻の中、生き延びるためにやむを得ず現地に残った多くの女性が帰国を望み続けていた。
1988年、著者は現地訪ね、中国残留日本人たちに取材を重ねた。
1988年信濃毎日新聞連載の本作品は、残留日本人は長野県出身者が多いことから、帰国援助の手薄さなど地域への問題提起ともなった。現在本作品を読めるのは当サイトのみ!




目次

1.引き裂かれた人生
2.わが祖国よ     
3.郷愁は海峡超えて
4.満州の荒野で
5.「悪魔の飽食」の周辺
6.帰らなかった兄
8.日本語センター開校
9.国境を越える二世
10.13年ぶりの里帰り



【立ち読み】

 成田空港から北京までおよそ4時間、さらに1100㎞ほど北上してハルビンに向かう。特急列車で行くと16時間もかかるほどの距離だ。ただただ一面に畑と原野が地平線にまで広がっている。ときおり、土壁づくりの民家の集落が見える。黒竜江省の省都ハルビンは、かつてのロシア統治時代のなごりが随所に感じられる、異国情緒あふれる魅力的な街であった。バスやタクシーが行きかう中に、馬車がまじり、自転車や歩行者が互いに会話をかわしながら往来している。ヤギが草をはみ、川では男たちが網を投じて魚をとっている。自転車にゆわえられた荷車には、乳のみごをかかえた女が昼寝を楽しんでいた。

                           *

 ソ連とモンゴルの国境に隣接する黒竜江省は、面積で日本の約1.3倍、3300万の人口を擁する。中国東北部(黒竜江省、遼寧省、吉林省)に住む年配者の多くは、日本軍に土地と家屋を奪われ、肉親を犠牲にさらされたという体験をもつ。この旧満州一帯は43年前まで、日本から満州開拓団が入植したところだ。今回の旅の目的の一つは、この地に今なお残留を余儀なくされている日本人を訪ねることにあった。

 ハルビンから、スンガリー川沿いに車を6時間ほど走らせたところに方正県(人口20万)がある。宿舎にはすでに、残留邦人が私たちの到着を待っていた。日本からの来訪者があると知って、省政府があらかじめ連絡をとっておいてくれたのであった。出迎えてくれたのは、26人の残留婦人(終戦時13歳以上)と5人の孤児(同12歳以下)たちであった。

日本語で話しかけられ、一瞬とまどった。実をいえば私は、車から降りてすぐ通訳の人に、この大勢の歓迎者のうち何人が残留日本人なのかと問い、「全員そうです」といわれて言葉を失っていたのである。

1章「引き裂かれた人生」より
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