ID:

パスワード:

前の記事| |次の記事

音声ファイル「戦争ジャーナリストでは食えなかったけれどシンポジウム」

mabuchisi-sympojium.jpg 音声記録 日垣隆×馬渕直城氏・竹内正右氏
「戦争ジャーナリストでは食えなかったけれどシンポジウム」


定価:500円(税別)

当サイト限定 音源ファイル(MP3形式)
2時間04分、56.5MB


※ダウンロード後、PCやiPhone、iPad、Noookをはじめ様々なデバイスや、CD-RやDVDに取り込んでお聴きいただけます。

お支払いは、クレジットカードでの決済のみとなります

※クレジットカードで決済完了されると音源ファイル(MP3)をダウンロードできるURLをお知らせいたします。表示されたファイルの「保存」ボタンを押してください。お使いのパソコンや端末で再生ができるようになります。
馬渕直城 氏
1944年、東京都生まれ。1972年、国際基督教大学教養学部社会科学科を卒業。大学在学中、ピュリッツァー賞を受賞したホルスト・ファースの写真に衝撃を受け、同じ時期に岡村昭彦『南ヴェトナム戦争従軍記』を読んで感銘し戦場カメラマンを志す。1972年、ラオス南部にてベトナム戦争初取材。このときの写真が「毎日グラフ」に掲載され、戦場カメラマンとしてデビューを果たす。1975年、現地に残った唯一の日本人として、プノンペン解放を取材。1976年、タイ・カンボジア国境でポル・ポト軍に8日間の拘束を受ける。1979年、98年には、ポル・ポトへのインタビューに成功。2度にわたりポル・ポトをインタビューした記者は世界で馬渕氏だけである。現在はカンボジアを中心としたアジア取材を続けている。著書に『ドキュメント・1975・4・30』(共著、パルコ出版)、『わたしが見たポル・ポト』(集英社)、『NEWS』(共著、韓国アジアネットワーク)がある。世界のニュース、ドキュメンタリー番組の制作にも多数関わる。

竹内正右
1945年、旧満州吉林省生まれ。父は旧ソ連に抑留されて死亡。2年間の日本人難民収容所生活(こ蘆島)の後、1948年、静岡に引き揚げる。1970年、早稲田大学卒業後、ベトナム戦争の現場を自分の目で確かめたいと思い、インドシナ半島に入る。1973年、ラオス王国軍モン特殊部隊の兵士と出会う。以後、10年間にわたり、ラオスでの取材を続ける。1979年、ベトナム軍のカンボジア侵攻を取材中、ポル・ポト軍に拘束される。帰国後も、スリランカ暴動、フィリピンのアキノ暗殺、中国・天安門事件、戒厳令下のチベット、ダライ・ラマ、北アイルランドの国民投票などを取材。1989年から91年には、「モン」を追いかけて、数回にわたり、アメリカ、ラオスを取材。著書に『ドキュメント・1975・4・30』(共著、パルコ出版)、『モンの悲劇』(毎日新聞社)、『ラオスは戦場だった』(めこん、英文名Laos as Battlefield )がある。NHK・BSドキュメント「ケネディの軍隊――モンとバンパオ将軍」(99年)に証言者として登場。「ダライラマ亡命への21日間」(09年)を企画・取材。

前の記事| |次の記事

 

ページ先頭に戻るトップページに戻る