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第581-2号(11月6日)


□今週のコメント(2)
 ◆連続殺人と大量殺人が重なるときーー遺伝、民族性と同じ程度に個人の生い立ちやバックボーンを公にすべきーー被害者がプライバシーを次々と世に晒されるのに、なぜ加害者のプライバシーなるものを守ってやる必要があるのか?


■■今週のコメント(2)■■

★連続殺人と大量殺人が重なるときーー遺伝、民族性と同じ程度に個人の生い立ちやバックボーンを公にすべきーー被害者がプライバシーを次々と世に晒されるのに、なぜ加害者のプライバシーなるものを守ってやる必要があるのか?★━━━━━━━━━━━━━━━━━━★


 昨日の座間市連続大量殺人事件について、「純日本人ではないのでは」と大きな可能性を考えうる根拠を示しつつ、具体的には米韓に圧倒的な事件であることにも触れた。
 民族差別だとの批判もあるかと思う。もちろん重大な論点だ。広島の原爆碑の謝罪は誰に向けられているのか、と以前ここで触れたことがあったが、イラクに対しては冤罪と気づきながら開戦に踏みきり、北朝鮮の核兵器ミサイルに対して「クレイジーな大量破壊兵器を持つ危険性」とトランプ大統領もブッシュ父大統領時代と同じことをいっている。そのこと自体は正しいとして、「金正恩みたいなクレージー野郎に核だけは持たせるな」なら理解できても、大量破壊兵器自体を悪者にする発言の主には「おめえの国もな」との突っ込みは是が非でも必要だろう。


 ここで強調したいのは、以下の点だ。
 広島長崎にジェノサイドをされたことにまで謝罪してしまう日本の姿勢とはあまりに対照的に、いろいろ議論は多少あるにせよ、日本にくる直前に「真珠湾(奇襲攻撃)を忘れるな!」と演説するアメリカ大統領は、個性を大きく超えて、民族性ないし国民性ぬきに説明がつかないーー。


 犯罪でも、ヘイトクライム(人種、民族、宗教などに関わって特定の属性をもつ個人や集団への偏見による憎悪犯罪)と、人種、民族、宗教という素因を無視すべきとの痴呆的議論はまったく異なる。
 マスコミはいまや日本だけでなく世界的傾向として、事なかれ主義に大きく傾いており、トランプの人気はまさに「そこ」に反発する勇ましさに根ざしていることは間違いない。その背景にはネット、とくにツイッターなどSNSが、旧態依然の「マスコミ」を完全に抜き去っている事情をしっかり抑えておきたい。
 さきの総選挙でも、あらゆるテレビ局が党首10人を一堂に集めることができなかったのに、10人が勢ぞろいしたのがインターネット放送だけであった「史実」を銘記しよう。


 スマホやSNSなどは(移植安易な)「文明」であり、サル食(アフリカの国々が圧倒的)や、電車にカバンを置き忘れてもかなり高い確率で戻ってくる(←日本ね)などの、他には置き換え困難な「文化」との区別はとても肝要なことなのだ。
 昨日、敢えて「シリアルキラーの犯罪」と断じた際も、この文明と文化の相違を見逃してはならないとの確信があっての分析にほかならない。


 分かりやすくいえば、ATMでの犯罪は日本でも少なくなかったが、大型パワーシャベルでATMごと持ち逃げした中国人集団の「文化」には、不謹慎にも私は笑ってしまった。「その手があったか」みたいな。日本人には考えつかなかった、と断言してもいい。誤解はないと思うけれども(ありうると思って補足しているかも)、警察庁がポスターを貼るまで誰も異議を挟まなかった「中国人、ピンときたら110番」的なドジは、笑っている場合ではなかった。
 シリアルキラーは、米韓型だとの事実を指摘することと、米韓の人々が「みな」そうだみたいな発言との混同は、国際問題というより、ひたすら恥ずかしい「お莫迦プロブレム」である。


 もちろん、後者の「お莫迦プロブレム」が「ヘイトクライム」に直結する。他方、プロファイリング手法が絶無な日本の警察の問題が、大量連続殺人についても当てはまる、と私は書いた。
 パワーシャベルでATMごと盗んで、人目のないところで札束をごっそりいただく手法は、日本人の思考パラダイムを超えていただけでなく、いずれは「文化から文明への変転」を成し遂げ、誤解を恐れずにいえば(笑)世界標準ともなり、その対策も国民性を超えてゆく。


 インドで高階級の夫が亡くなった際に夫人を生きたまま一緒に埋葬する伝統が、世界標準によってやめざるをえなくなった。1984年がおそらく最後になったのではなかったか。
 国際線ではムスリム(イスラム教徒)が「サラート(1日5回の、アッラーへの祈り)」を省略することが圧倒的な流れになったも同じころだが、みなさんのなかで、機内でサラートを見たことある方おられますか?
 この文脈でナンだが、私は何度もある。ただし、あくまで省略形だ。座席で、くちびるが少し動いているくらいの省略サラート。
 カトリック(旧教)はバチカンを頂点とするヒエラルキーになっており、例えば「仏壇にロザリオ(キリスト教の数珠みたいなもの。実際には役割はまったく違うが)を置いてもいい」などの指令が飛んだ日も公式な記録に残っている。


 大量連続殺人は、大量と連続の相違を前提に、このふたつが重なる事態を指す。
 座間市の大量連続殺人事件を、日本初とはいったが、日本人初とはいいきることは私にはできなかった。根拠がないからである。
 ここは若干の繰り返しになることを承知で、述べる。大量殺人は人数の問題であり、連続殺人はプロファイル(犯人の人格や性格や手法)の問題なのだ。日本人に馴染まないのは、大量と連続が合体する場合に限られる。
 連続殺人犯は、殺人鬼と呼ぶほかない。殺人行為に快楽を感じて実行する者たちーー彼らシリアルキラーは金欠ではありえない。土地や広大な建物や運送手段などなどが必要だがらね。


 座間市を舞台に露見した連続大量殺人が、9人にとどまっているわけはない(と構えておくべき)というプロファイルを昨日号で書いた。被害者に罪があるわけないーーとはいえ、共犯的な役割を被害者が果たしている場合は少なからず、また「家族の崩壊」ゆえに捜索願もなされていないケースと、出会い系ネットの大普及に伴う善悪と、多くの日本人の悪い癖で、「一点突破全面展開」とでもいいたくなる思考癖が、「最近の×××は危険だから近づくな」的な、また「中国人にご用心」的な回路に流れ込み、そのように本気で思い込んだ末に、2カ月で忘れ、年末に回顧特集で思い出して「年を越す」文化ーー。


 韓国でしばしば起き映画にもたくさんなっている事件の一つでは、20人か21人かそれ以上かも混沌としたまま11年前に死刑となったシリアルキラーは、「自分が殺したうち6人の死体は臓器の一部がない」との自供から始めている。


「自分と同居し、自分を傷つけて逃げた女性と名前が同じであった場合は、顔や尻、性器までえぐり取った」とも。この供述に基づき実証されているーー。


 米国も、ものすごいことになっている。一例のみ紹介したい。
 失踪届けが出されにくい家出人や売春婦を誘拐し、強姦して後に殺したアメリカ人シリアルキラーは、1980年代に少なくとも48人の殺人に関与したとされている。が、本人は90人殺したと証言。逮捕されるまでの21年間で実際、何人殺したのか今も不明だ。この犯人の「女性を殺すのは、自分の天職だ」発言は、シリアルキラーの実態を示してあまりがあったーー。


 神奈川県座間市は、米軍基地があり、在日も川崎並みに多い。このような言及をヘイトクライムと捉えてしまうもう一方のお莫迦さんは、イデオロギーのバケモノであり、言論では説得されないので、無視するのが賢明だろう。


 他方、犯人のバックボーンを究明することは我々の義務とさえいいたいほどだが、そのこと以上に、被害者のプライバシーはまったく守られない、度が過ぎた警察やマスコミの偏狭報道に対して批判は虚しいので、反面教師とするのが良いと思うーー。

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