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メダルのために父親は子の日常を犠牲にして良いものなのか

 オリンピック勝者の「メダルまでの道」は、すべてが美談化されてしまいが
ちです。20年以上にわたって続いた児童虐待としか言いようがない終わりなき
暴力的特訓までもが、柔道やレスリングや重量挙げ一家の愛情物語として語ら
れる――。
 支え合いと、病的閉鎖的な共依存とは、きちんと分けて考えるべきではない
のか。


 女子柔道70キロ級の2大会連続で金メダリストとなった選手の母は、娘(た
ち)を幼いころから猛特訓し続けた夫を評して、「自分の実の娘なのだから、
まさか殺すことはないだろう、と信じていた」と言っていました。
 密室での終わりなき特訓は、とても恐ろしいことです。


 3歳あるいは5歳の子どもに、親が自分で果たせなかった夢を託すのは、罪
なことなのでしょうか。
 私自身は罪なことだと考えてきましたが、しかしアカの他人の家にまで行っ
てストップをかけることはできませんし、しようとも思いません。


 父子鷹(おやこだか)という言葉は、この国では名家や剣豪の世界で使われ
てきた経緯があります。戦国時代の毛利、島津、真田家などでも、徹底した世
継ぎ教育がなされました。
 この語がポピュラーになるのは、子母澤寛(しもざわかん)の小説『父子鷹』
によってでしょう。幼き勝海舟とその父との特訓物語でした。


 戦後は「巨人の星」の星一徹と飛雄馬も、リアルな野球世界では原貢(東海
大学付属相模高校野球部監督)と辰徳も、父子鷹の新バージョンでした。
 父子鷹に、いつの間にか母親(音楽の世界に多い)まで加わり、「親子鷹」
と記されるようになっていきます。



 しかし、上記の実例はみな元服まで、寿命が80歳くらいに延びてからもせい
ぜい18歳までの家庭教育だったことに注意したいと思います。

(後略・・・・・・ 続きをお読みになりたい方はメールマガジンをお申し込みください)

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