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退屈な人生は御免だ

 人類は、退屈とともにあり、退屈をどう凌(しの)ぐかが文明ひいては文化
を推し進めてきたのではないか――というのが私の見立てです。

 楽器も、歌も、踊りも、壁画も、おそらく古来より退屈凌ぎであり、また
「ゆとりの証明」でもあり、おらが村で最も上手い者が、(水や食糧調達と
いった基本的労働以外で)芸の才能を認められ、隣の村のライバルと競うよう
なことも起きていったのでしょう。
 富めるものが、退屈凌ぎのために奴隷を走らせたり、殺し合いをさせたのが、
古代オリンピックの始まりです。
 ダヴィンチでさえも、宮廷に仕えた身だったのです。

 最初は貝や葉っぱで音階を作っていた原始的な楽器が、ついにはトランペッ
トやエレキギターやエレクトーンやアイフォンのアプリにまで進化していく
――そこに一貫して流れるのは「暇つぶし」であり、それを近代人は「趣味」
と呼ぶようになり、その周辺に新たな産業が興ると同時にプロも誕生してゆく、
という流れですよね。

 お金をとるようになると、もう「趣味」ではなくなります。「仕事」です。
前者(趣味)には発注も納期も報酬もありませんが、後者(勤労)にはそれら
が不可避です。

 このような本質ゆえに、良くも悪くも両者の混同もまた起きるのでしょう。
 趣味は楽しくなければ趣味ではありません。だからと言って、仕事の本質は
「つまらない」ではないはずですけれども、楽しくなければ仕事ではない、と
は言えませんし、もともとは楽しくやっていたはずの趣味を仕事にできたとし
ても、その本質上、発注をもらい納期を守り報酬を得る仕事の「すべてが楽し
い」わけはないのです。

 もちろん、漠然となら、楽しいと思い込むことはできます。

 好きと得意が嵩じて歌手になり、ノドから血が出るほど練習する人々がよう
やく一歩ずつ抜きんでてゆくのを、私たちはたくさん知っているのではありま
せんか。著名なスポーツ選手は、みなそうでしょう。会社員や公務員も同様で
す。

 本当に楽しそうにビジネスをしている人たちや、楽しくてたまらないという
ふうに仕事について語る人たちも少なからずいます。が、それはアホなのか鈍
感なのか天才なのか。彼ら彼女らは必ず「モチベーションの上げ方」について
語りたがります。好きで好きでたまらぬ趣味に関して「モチベーションをアッ
プさせる」などと言う人はいません。

(後略・・・・・・ 続きをお読みになりたい方はメールマガジンをお申し込みください)



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