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献身的な71歳男性が、脳の病気で寝たきりになった69歳の妻を殺した罰とは

 脳の病気で――私の仲間だ――突然転倒し、そのまま寝たきりになった妻の葉子さん(69歳)を夫の正根さん(71歳)が首を締めて殺したのは、今年12月16日から17日にかけてのことであった。

 正根容疑者は、妻の遺体を車に同乗させ「介護の疲れで殺してしまった」と最寄りの那須塩原署に直後に自首している。殺害してからそのあいだ約2時間。周囲の評判はこの数年間に1日1分も気を抜かず、脳腫瘍で倒れた妻を一生懸命に介護していた、という点で例外はない。ただし、「献身的」という評価と「閉鎖的」という評価は表裏一体になる場合が少なくない。

 この事件で、「献身的」という言葉は周囲から頻繁に使われ評価されても、「閉鎖的」という言葉は出ているわけではない。けれども、男性によくありがちなことだが、すべてを自分で抱え込んで破綻してしまう典型的な例であろうと思われる。もちろん男性に限ったことではないけれども、周囲に甘えることや頼むことができないタイプは、男性にかなり多く、女性にも少ないわけではないだろう。

 正根容疑者は、この11年ほど住む町の保健福祉課にも一度として相談に訪れたことがなかった。事件後には、その町の保健福祉課の職員たちのほうが、「なぜ、声をかけてくれなかったのか」、「ひとこと声をかけてくれればいろんな助けができたのに」と、本気で悔やんでいるくらいだ。

 私はいま、まさにこういう人々の間で暮らしているだけに、この事件を周囲のすべての人々と共に人ごととしては捉えられない。このニュースを報じる各メディアの担当者本人が、そのような問題を抱えていることは考えられず、身近な例が悩ましく存在している人が数%ぐらいはいるかもしれない。この構造を批判したいわけではない。すべて体験しなければ、記事を書けないというのでは多くのメディアは成り立たないであろう。だが、想像力や共感力まで失っていいとは断じで言えないのは、メディアの記者や医療の現場スタッフと同様である。

 今朝、私を朝食に迎えに来てくれた介護スタッフが、いい年をした男がわずかに動く箇所を使ってシャツやパンツやポロシャツやジーンズや靴下や靴をスタッフに見守られながら一人でなんとか着終えた時、その介護スタッフは、涙を流していたことを私は忘れない。私は明るい声で、「やさしいんですね」と彼に話しかけた。全く惨めな思いをしていない。出来なかったことが一つずつできるように努力していくだけである。なぜその青年が泣いたのか。多くの患者たちで普通のパンツをはいている人は意外に少ないらしい。つまり、排尿、排便の感覚が失われているからだろう。


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