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ロボットの新潮流

 ロボット掃除機「ルンバ」は、ご存じだろうか。もちろんですよね。500シリーズ、600シリーズ、700シリーズあたりは貧乏人が使っていることでしょう。ただいま、本文中に失言が混じったとの指摘を受けましたので陳謝し、お詫び......800シリーズあたりに買い替えている層はアッパーミドルである。もし880シリーズに買い替えているなら、なかなかのルンバ狂と言っていい。6万円前後はする。

 ルンバについて私は論証したくはない。かわいいからね。私はルンバを5台持っていた。いまは、2台だけである。3台を新品のまま友人に上げたのだ。
 ルンバは、掃除機として本当に利口なのか。ルンバはしばしば、段差のあるところで動けなくなり「ヘルプ・ミー! ヘルプ・ミー!」と騒ぎ続ける姿がかわいいとしても(確かにかわいい)、この姿を見て利口だと判定するユーザーがいたら、そのユーザーの「利口さ」を根底から疑った方がいい。狭いところにも果敢に突っ込んでいくルンバ君は、そのまま出てこられなくなったりもする。ペットのシートや新聞紙など食らおうものなら、ルンバ君はあの世行きの可能性が極めて高い。このような態を毎日のように繰り返しながら「それでもルンバが好きさ」と言いはる言論の自由はこの国にあることを私は認めたいと思う。

 ここでは、好きかどうかでなく、充分役に立つのか、ロボットとして十全に利発なのかと、問うている。論争しないと言っていながら、存分に言っているかのように思った方もおられるかもしれない。それがルンバをめぐる世界観なのである。

(中略)

ソニーの労働者の諸君! アイボは賢明なロボットだったのか。そもそもソニーが考えるロボットという概念は、いったい何だったのか。アイボの顛末は、ソニーの顛末と深く重なる。
 おもちゃとしてのロボットは役割を終えた。簡単に言えば、それはロボットではなかったからだ。現実に稼働しているロボットは主として三つある。軍事と救助と介護である。
 軍事は、ロボコップに始まる。ウソです。ターミネーターである。これもウソでした。80年代から偵察用として始動した「プレデター」は、いま攻撃を無人機として、つまりロボットとして実践に供されている。イスラエルが開発を始めた「ドローン」は、よく知られていることと思う。イスラエル軍もシリアの民間人を虐殺するに際してドローンを投入したことは、私の目撃情報として、その当時このメルマガ(2015年8月27号)でご報告したとおりだ。米空軍も、たとえば義理で英仏に協力した対リビア(カダフィ政権)戦は、すべて無人爆撃機、すなわちドローン軍団によるものだった。

 救助について言えば、1995年の本日(1月17日)を忘れることはできない。米軍はじめ、がれきの中から警察犬(使命が異なる)とは対照的に救助ロボットの活躍は目覚ましいものがあった。私は、地震を日本から無くすことはできないと考えている。そしてまた、犠牲者も皆無にすることはできないけれど、死んではいけない人々が犠牲者になることだけは避けねばならないと強く、願ってやまない。あの阪神淡路大震災の現地に長く留まったときのルポルタージュは『情報への作法』(講談社+α文庫)に「被災者報道」として名作を書いた。脳梗塞の後遺症がひどいからといって、こういうところでちょろりと自慢するものではない。

 ロボット活躍の3番目の柱は介護である。この分野では、ホンダがトップを独走中であることは間違いない。トヨタやサイバーダイン社やソフトバンクが、その後を追っている。
(中略)

 ホンダが優勢に立っている基礎には、2000年に発表された2足歩行ロボット「ASIMO」(アシモ)に始まる。アシモの驚愕すべき点は二つある。一つは、人間の形をした初のロボットだったことである。二つ目は、このアシモが何のために作られたか誰も考えていなかったことだ。笑った人がいるかもしれない。アシモを真剣に作った開発者たちは、真剣に人間型のロボットを完成させながら、このアシモが何に役立つのかを全く考えなかっただけだ。実に偉大ではないか。笑ってはいけない。笑ったな。
 アシモが地下鉄の階段を下り、電車に乗る瞬間乗り遅れるという当時のCMはユーモアにあふれ壮大な未来を描いたかに見えた。しかし、アシモを食洗機として使うのか、でかいルンバとして扱うのか、電車に乗り遅れるロボットとして使うのか、何も考えられていなかったのである。
 だが、昨年の11月から歩行アシストロボットが現実のリハビリ施設に現れたのだ。.........

(全文は「ガッキィファイター」メルマガで)

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