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本を読むこと、大人になるということ

 湯川氏がノーベル物理学賞を得た当時、たまたま私の父は京都大学理学部に
在籍していたので、湯川博士の講義の様子は2度ほど父から聞く機会がありま
した。
 数学の教師になった父は、教職員組合の活動家でありカトリック教会の信者
代表もしており、人前でよく話をしていたのに、家では無口でした。少なくと
も母や私の10分の1くらいしか喋りません。中間子理論や西田(幾多郎)哲学
のことなどは、無知蒙昧な息子が問わなければ話すこともありませんでした。


 父の書棚にあった、湯川氏が書いた本や『朝永振一郎著作集』とか『田辺元
全集』『プラトン全集』くらいは、読書家の姉に無学と断定されていた私でも、
ちょくちょく盗み読みするくらいのことはありました。


 私にとって本を堂々と読む、というのは大人になる、ということと当時は同
義だったので、『西田幾多郎全集』が難しいなどという感想は思いもよらぬこ
とでした。
 ですから、対等に疑問を発するわけです、当然。


 父は、にこにこしながら、ふむふむ、と聞いているだけなのです。私は、い
ろいろ説明してみせます。自説なるものまで開陳してみる。けれども、途中で
話題の展開が詰まる。父はまだ、にこにこしている。私は、「この続きはまた
考えておくね」みたいなことを言って父の書斎(というか机)を去る。関西人
の父は、「お前、おもろいなあ」とだけ言って、ただ、にこにこしている。
 父は古き良き時代の教師だったのだなあ、と今にして思います。


 さて、先ほど紹介した『旅人』のなかで、湯川秀樹氏はこう書いておられま
した。


《父が雷おやじで、何か間違ったことを言ったらどなられはしまいかという意
識が、ごく小さい時に固定してしまったのかもしれない。生まれつき母から遺
伝した無口さのせいもあったろう。こういう「ものが言い出せない」という障
害を克服するのに、私は長い年月を要した。》(P67)


 極端な性格は、最終的には自分でコントロールするしかない、というのは誰
もが思春期に経験することのようです。もちろん、その極端さは、周囲には迷
惑なだけかもしれず、才能の萌芽なのかもしれません。


 父親や母親の性格はおおむね「隔世遺伝」するのではないか、とすら思えて
きます。料理をしない、または下手な母親のもとで育った娘は、たいてい料理
が上手くなってしまう。雷おやじのもとで育った長男は神経質になり、無口な
父親のもとでお喋りマシンガンが育つのは珍しくない。
 もちろん逆も少なからずありますが、例えば卵子や精巣も「生まれる前」か
ら出来ているのであってみれば、それらは「隔世遺伝」ということになります。
半分は冗談ですが。


 私の父は、子どもを怒鳴ったことがありません。
 私は、子どもにとても厳しかった。
 それぞれのやり方で、やるしかないのだと思います。

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