ID:

パスワード:

前の記事|

番外編 グラン・トリノ

 あのクリント・イーストウッドは、いつの間にかもう79歳になっていたのですね。孤独な老人、というより、実にイヤなじじい役で最新作「グラン・トリノ」に主演し、監督も兼ねています。

 45本目の主演作にして29回目の監督作品「グラン・トリノ」は、最新にして、おそらく最後のパーフェクトな名作になるのではないか。

 この映画でも、老いた、しかし相変わらずイケているイーストウッドは銃を手入れし、実際に「あなたはまだ夕陽のガンマンか」という感じで撃つ場面もあります。しかし、そのラストでの「銃の使い方」は、これまでの作品にはまったくありえなかったものです。
 あまりにも衝撃的な終わり方であるにもかかわらず、そこに現代のアメリカにおける希望が垣間見える――。複雑なテーマを幾重にも扱っているにもかかわらず、簡潔なストーリーに仕上げられ、実に感動的な映画になっています。

 ここ数年を振り返ってみても、例えば「硫黄島からの手紙」(2006年作品)でイーストウッドは、東洋人(日本人)をサル扱いしないどころか、戦争の不条理とともに敵国側の英雄的側面を濃厚に描きました。その2年前につくられた「ミリオンダラー・ベイビー」(2004年作品)では、若く美しい女性ボクサーが勝ち続ける前半と、負け試合の後遺症から寝たきりになる後半には著しい落差があり、安楽死をめぐる哲学的問題を提起しただけでなく、子弟愛と復帰と断念を通した大人の「本物の恋」が観る者の心を打ったに違いありません。

 もともとイーストウッドという役者は、私が小学生のころから銀幕のなかで賞金稼ぎをし、裏切り者や悪役を格好よく殺していました。西部劇の主役である彼は、ゴルゴ13や水戸黄門や必殺仕事人たちのように、決してヤラレルことはないのです。
 この映画でも、かつての「荒野の用心棒」や「夕陽のガンマン」や「ダーティハリー」のように、ニヒルであり、常に強く、乱暴者であるばかりか、ひどく偏屈で、映画の冒頭で亡くなった妻の遺言を託された神父にすら侮蔑的態度をとり続け、しかも近所に増えつつあるモン族に対して露骨な人種差別主義者でもある――。

 ところで、主としてラオスで生きてきたモン族は、かつてのベトナム(インドシナ)戦争でアメリカ軍の味方をしたという理由から、戦後、インドシナ半島で激しい差別と軽蔑の境遇を生き続けなければなりませんでした。ようやく最近になって米国側が正式にモン族に謝罪をし、希望者に対してアメリカへの移住を受け入れます。
 が、アメリカに移住したからといってモン族に平和と幸福が訪れるわけはありません。家屋は別としても、大人たちに職や年金が保証されるわけでもなく、その子どもたちは学費にも恵まれず、銃を使った強盗や違法ドラッグを売りさばく、というような“仕事”に従事する者が続出するのも無理なきこと。あのベトナム戦争の後遺症が、こんなところにも垣間見えるのですね。この映画で重要な役割を果たす多くのモン族は、みな実際のモン族たちだそうです。

 そうして、イーストウッド(ウォルト役)が、役柄としても80歳前後の老人として、もうそのまま逝ってしまってもいい年齢であるにもかかわらず、隣人のモン族との交流を通して、変わってゆく、つまり試練を通して成長してゆく過程に、まず涙が誘われます。

 人間は何歳になっても変われる。その機会さえ見逃さなければ。息子との関係も、隣人たちとの関係も、神父との関係も、想像を超えて、しかし着実に変わってゆくのです。

 映画のストーリーだけでなく、80歳にならんとする老俳優が、その年齢を重ねるにつれ、作品の質がまったく低下することなく、さらに名優かつ名監督になり、常に新分野を切り開き続ける、その諦めぬ姿自身も私たちには大きな励ましであるように思われるのです。
 決して諦めないこと。そして遅くても走り続けること。他人の役に立つということは自分の生きがいになるということ――。

 仕事や人間関係で心が折れそうになったとき、ぜひお薦めしたい映画の筆頭です。

前の記事|

 

ページ先頭に戻るトップページに戻る