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「力を込めたという意味では、リターンキーです」(水柿助教授)

 作者と等身大の元助教授作家は、インタビューをできるだけ断っています。
時間が無駄に終わる場合が圧倒的だからでしょう。
 それでも、ときどきは断れずに引き受けてしまう……。水柿先生は、すでに
引退を宣言しており、そのお話も小説仕立てで出てきます。


《「今月発売になる新刊についてお伺いしたいのですが、どんなところが読み
どころでしょうか?」
「文字があるところは、全部読みどころだと思います。そういうご質問です
か?」
〔中略〕
「で、えっと、新刊についてですが、どんなところに力点を置かれましたか?」
「力点って何ですか?」
「先生が、力を込めた部分という意味です」
「キーボードを使っていますから、どのキーに力を入れたか、といえば、まあ、
一番はリターンキーではないでしょうか」
〔中略〕
「(予定は)どれくらいさきまで決まっているのでしょうか?」
「辞めるまでの大まかなスケジュールを決めています」
「辞める?」
「ええ」
〔中略〕
「いえ、でも、〔作家は〕ご自分の意志で辞める方は、やはり少ないと思いま
す」
「へえ、そうなんですか。皆さん、他人の意志で辞められるんですか?」
「いえ、そうではなくて……。ご自身はずっといつまでも続けようとお考えな
のです」
「それはどういう自信なのでしょうね。そんなに年老いても書けるものだと考
えているわけですね。つまり、小説の執筆なんてその程度のものだって甘く考
えている証拠ではありませんか? スポーツ選手だったら若くして引退するし、
ほとんどの仕事には定年というものがあります。ある程度の年齢になったら、
現役を退くのが普通の感覚ではありませんか?」
「しかし、芸術家には定年はありませんよ」
「ええ、ですから、それは自分を見失っているんだと思います。自分を見失う
ことが芸術家の本分なのかもしれませんが。あ、今の面白いですね」》(森博
嗣『工学部・水柿助教授の解脱』幻冬舎)


 世の中には、どうしてつまらない質問ばかりするインタビュアーにまでちゃ
んと仕事が回っているのだろうと不思議だったのですが、そういうインタビュー
を奇貨として、思ったとおりのことを回答してゆくと、意外に「面白い」こと
を思いついてしまうことが多々あり、なかなか貴重な機会なのかもしれません
よね。

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