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明日で半世紀  最後の社会主義国キューバで見たもの(15)

 そもそも「キューバ共和国」に私が興味をもったのは、大雑把に言って、
(1)腐敗した資本主義に代わりうるものとして見直されていた社会主義国な
るものを、自分の五感によって本当なのかどうかを確かめてきたい、という気
持ちが抑えられなかったことに加えて、(2)キューバ共和国の産声が私と
「同い年」であったこと、(3)親しい人たちに誘われた、などの理由が挙げ
られます。


(1)については、いったん凋落(ちょうらく)しかけていたはずの社会主義
イメージが、私の高校時代に再び良好に転じた、という歴史的背景と重なって
います。ベトナム戦争を通じてアジアの小国が世界の超大国に勝って侵略者を
追い出したわけですから。


 高校3年生の春(1976年4月)、ついに南北が統一され、ベトナム社会主義
共和国が誕生します。10代の私は、スターリンのような疑心暗鬼の大粛清者と
まったく異なる「民族解放の父」故ホー・チ・ミンを素朴に尊敬していました。
 しかしホー・チ・ミンの意思を継いだはずのベトナム指導者は、再びトンで
もない方向に舵(かじ)を切ってしまいます。社会主義の仲間内であるはずの
カンボジアへの侵略戦争を始めたのです。


 ものごとは、単純ではない。
 大学生になっていた私は心からそう思いました。
 現実や歴史は、ウルトラマンとは違う。
 悪魔と正義が闘っているのではない。


 初めてキューバを訪れた大学2年生の私たちは、帰りにソ連に立ち寄り、私
自身は方向音痴という得意技を生かして(監視を振り切ろうとの強い意思をも
たなくても、方向音痴の人間は必ず道に迷ってしまう)、行ってはいけない路
地のあいだを歩き回り、これは大変なことになっている――と感じました。


 正式に見せられる記念施設(赤の広場とか)や美しい町並みと、たまたま迷
い込んで入ってしまった路地裏や食堂や民家は、まったく、本当にまったく異
次元の世界だったからです。
 ひどく貧しい。いや、貧しいのは仕方がないことだけれども、良いところだ
けを見せて虚勢を張り続けるのは、外部に対しても国民に対しても詐欺的だ。
 こんな国が総力戦でアメリカに勝てるわけがない。


 その後、社会主義諸諸国や資本主義諸国を見て歩くにつれ、実際に異なって
いたのは「見栄張りの仕方」くらいなものだと言わざるをえませんでした。外
国人ファンに「国家としてのショーウインドウ」だけを見せるのが社会主義国
であり、自国の共産化を恐れて労働組合運動を骨抜きにしていったのが資本主
義国です。
 自由を、さもなくば死を、という究極の二者択一は、どう考えてもおかしい
でしょう。両方手に入れたほうがいいに決まっている。


 そう実感した私は、イデオロギーをただちに捨てようとは思いませんでした。
そんなことをしたら、すぐにまた別のイデオロギーに嵌(はま)ってしまうの
がオチです。
 そもそもイデオロギーとは「集団的な思い込み」のことでしょう。


 私自身、実際に学校を卒(お)えて社会に出てみると、右の中には左がおら
ず、左の中に右がおらず、その集団の中はみな同質なのです。会社や組合の中
に造反組や異端者がたとえあったとしても、彼らが外に出たらただの味方か敵
という関係性しか築けない人たちが圧倒的に多い。同属的な集団の中にいても、
自分が正しいと思ったことを貫けないような人々は、みなイデオロギーに自縄
自縛されているのではないか。
 どうしたらいいのでしょう。
 イデオロギーをポンと捨てる方向にではなく、むしろ徹底してイデオロギー
や必然性や偶然性や仕組みを学ぶしかないのでないか。


 初めてのキューバで、18歳の私は幸運にもフィデル・カストロに近づき、
ミーハーにも握手をすることができました。目の前で撮った証拠写真も残って
います(あまりにも突然の出来事だったので、ピントがずれている)。
 世界的政治家と握手したくらいで熱烈なファンになってたまるかですけれど
も、このクソ暑い真夏の炎天下で、今なお革命戦争時の分厚い軍服を着続け、
初心を忘れまいとヒゲも切らないでいるこの大きな男はもしかすると本当に偉
い人かもしれない、と素朴に思いました。


 さらにその18年前のこと――。
 カストロ(キューバ人弁護士)やゲバラ(アルゼンチン人医師)たちが、
キューバ政府軍とのゲリラ戦を始めて2年あまり、奇跡が起こります。アメリ
カの傀儡(かいらい)バチスタ(軍曹時代にクーデターを起こし、CIAの支援
により大統領に就任)は国外に逃亡し、政権が瓦解してしまうのです。
 1959年1月1日のことでした。
 明日(2009年1月1日)で、ちょうど半世紀ということになります。


 昨年の夏、友人3人とともに、都合3度目の訪問となったキューバで、初め
て「革命戦争」の跡地を見て歩く機会がありました。
 カストロたちが、バチスタ政権とアメリカ政府とアメリカのハイエナ企業と
マフィアの四者連合に勝ったのは事実ですけれども、その勝利に至るゲリラ戦
は、笑ってしまうほかないものでした。
 勝つべくして勝ったのではありません。少人数でゲリラごっこをやっていた
ら勝っちゃった、としか言いようがない経過なのです。
                (この連載、もうしばらく続けて完結へ)

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