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村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』(文藝春秋)

 前にも少し書きましたが、ここ4カ月あまり、週5日のペースで私は走り始め
てしまいました。5キロから10キロくらいです。それに加えて、懸垂(けんす
い)を毎日100回やっています。お恥ずかしい話ですが、たまたま自分にあっ
た運動だったのでしょう。さらにお恥ずかしい話ですが、懸垂は楽しいのです。
前にできなかったことができるようになり、確実にスキルアップし、日常生活
がラクになりました(ものを持つとか、他の持久力についても)。
 実は、トカラの無謀な旅行を乗り越えるという密かな目標があってのことで
したが、体力がついてきたので、やめられなくなってしまったというのが実際
です。懸垂愛好家というのは、きっとネットで探せば少しはいるのでしょうが、
仲良くなりたくないです。恥ずかしい趣味がまた一つ増えた、ということだけ
のような気がしますし、いつ飽きるか知れたものではないしなあ。


 ただ、記録を出す人たちや、新しいことに挑戦している人で、後ろ向きな発
想をしている人は誰もいない、ということは確かなことのように思えたからで
す。


 昨年8月に狭心症の疑いが消えたときの医師の勧めに加えて、今春「ガッキィ
ファイター」主催で「恋愛のサスティナビリティ」で、「継続」についての仕
組みや方法論を話し合っていたとき、俺もやってみようかな、と思ったことが
「走り始める契機」になりました。


 恋愛とは直接関係なかったわけですが、いろいろな例を参照したほうがドツ
ボにハマらず有意義で実行可能なノウハウや思考が促されるのが常のこと。
 例えばジョギングを始め、かつ続ける方法論――中学時代にも走るのはとて
も不得意だったのに、会社で、おっかない先輩に無理やり誘われて皇居を走っ
てみたら、実に気持ちが良かった。それから今ではフル・マラソンに毎年3回
連続で出て完走している、というようなお話が会場から出たのが端緒でした
――俺もやってみようかな、と少しだけ思いました。
 後日、「恋愛講座」に参加された方から、皇居を走ると夕陽や景色が(時間
帯によって)とてもきれいなんですよ、と教えられ、最初は嫌々まあやってみ
るか、という感じでした。
 やってみないと、自分に合っているかどうか、考えてもわからないものです
ね。


 走り始めてから、肩こりや腰痛がまったくなくなり、体調もかなりいい。な
るほど、体力はタダで買えるのか、と実感しています。もちろん苦しい面もあ
るわけですが、日々の締め切りに比べたら、全速力で5キロや10キロ程度を走
るのはちょろい、と知ったのも成果の一つです。


 スピード社の水着に象徴的なごとく、スポーツ関連のグッズは目覚ましい進
歩を遂げています。当初は、ありふれたスポーツ靴で走り始めたのですが、最
新のジョギングシューズを買って履いたら、あまりに軽快すぎて本当にびっく
りしました。脈拍まで測れるウォッチや、地図と速度と距離と標高などがラン
ニング用に表示される携帯アプリもあります。


 ただし、走るというのは、釣りやゴルフやテニスその他と違って、釣果があ
るわけではなく、接待や遊びになるわけでも、気楽に勝負を楽しめるものでも
ありません。克己心(こっきしん)――としか言いようがないものがランナー
にはつきまといます。


《もし忙しいというだけで走るのをやめたら、間違いなく一生走れなくなって
しまう。走り続けるための理由はほんの少ししかないけれど、走るのをやめる
ための理由なら大型トラックいっぱいぶんはあるからだ。》(村上春樹『走る
ことについて語るときに僕の語ること』)


 村上さんの最新長編『1Q84』(新潮社)は、すでに今年最大のベストセ
ラーになるのは間違いありません。この長編小説に関するインタビューに答え
て氏は、《2年間書き続ける間、完成への確信は一度も揺るがなかった》と
語っていました(「読売新聞」2009年6月17日)。

(後略・・・・・・ 続きをお読みになりたい方はメールマガジンをお申し込みください)

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