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第375号(3月16日)

★お知らせ(1)――リビア脱出への義援金
★お知らせ(2)――スタッフ急逝
★お知らせ(3)――被災地のため本の発送が遅れます
★お知らせ(4)――「クレド」特別会員
   第2期生の正式募集と、第1期生との合同学習会へのお誘い


 昨日、「カダフィ大佐肖像画つきリビア・ディナール」漏れなく謹呈のお知らせに、早速たくさんの方々がお応えくださり、ありがとうございます。


 お察しの通り、この「プレゼント」は、皆様にオリジナル電子書籍や(紙の本としては)絶版となった書籍をパソコンや各種デバイス(端末)で読んでいただきたいということは当然ありますけれども、他のプレゼント企画とは性格が異なるのです。
 在リビアで脱出に失敗している人々や、チュニジアにたどり着いても母国(ジンバブエやソマリアなどなど)が混乱または余りにも貧しいため、政府の船や飛行機が国民を救援に来る様子が全く見られない国の人々がいます。彼らが持つカダフィ紙幣(今やチュニジア・ディナールとの交換を保証する特別の保証書を奇跡的に持っていなければ、彼らには紙屑同然です)と、私が大量にもっていったユーロとを、およそ20:1で「不等価交換」して手に入れてきたものです。


 チュニジアやエジプトのようにはスムーズにいかないにせよ、必ずや長期独裁体制は崩壊してゆくでしょう。また、揺り戻しがくることも覚悟しなければならないと私は思ってはいますが、歴史の流れが大きく動いていることは間違いありません。


 この「不等価交換」と「消えゆく希少価値をもつカダフィ大佐肖像画紙幣プレゼント」の試みを思いついたのは、在リビアからチュニジアに脱出を援助している人々と、チュニジアに逃げおおせても母国に帰れないでいる人々に、少しでも実のある救いの手を差し伸べられないか――と両国の有志と相談して、「やれることからやろう」ということになり、11人(リビア人4人、チュニジア人6人、と私)で始めたものです。


 ある大学の学長に責任者となってもらい、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)で働く職員に事務局長を引き受けていただきました。

(後略 続きはメールマガジン2011年3月16日号をご覧ください)



総 特 集――大地震と内戦――
【緊急特集 第3回】逃げる民に何ができるか

■■敢闘言――生活物資の送付より人的援助と現金を――■■


 リビアから一部はエジプトへ、また多くはチュニジアへと十数万人の民が逃げ出して、もう3週間近くが経ちます。


 そのほぼすべては「外国人(出稼ぎ)労働者」です。


 エジプトもチュニジアも、世界遺産を多く持つ世界的観光地ですが、失業率は高く、またアフリカやフィリピンからも、出稼ぎにやってきていたのですね、リビアに、これほども多く。


 1週間ほど前まで、毎日1万人近くがチュニジアに避難してきていた状況が、3月8日ころに一変し、1,300人まで下がりました。
 一段落したのでしょうか。


 いいえ。違います。
 リビア側に回ると、大量の難民にさえなりきれない万単位の人々が、脱出を阻止されているのです。それゆえ、ニュースでは「リビアからの出国が一段落」などと報じられているにすぎません。
 事実は、逆です。

(後略 続きはメールマガジン2011年3月15日号をご覧ください)




【緊急特集 第2回】被災者報道

■■敢闘言――明けない夜はない■■

■■被災者報道――1995年1月17日からの
                     1週間現地ルポ――■■

★スタンバイ
★5時46分
★6時0分
★中継の技術
★安否情報
★暗闇のダイヤル
★現場中継
★パジャマ姿
★臨時スタジオ


ようやく被災地一帯を巡って帰ってきました。山形、福島、岩手、宮城、栃木。みな、若いころ親しんだ土地ばかりです。


 もっとも、久々に戻った東京も、すぐ近くで建物損壊による死者も出ており、私の仕事部屋も応接間も書庫もメチャクチャになったうえ、本日にはどこのスーパーもコンビニも、トイレットペーパーや缶詰類の奪い合いという在り様。

(後略 続きはメールマガジン2011年3月14日号をご覧ください)

  
【緊急特集 第1回】災害報道は何を伝えたか


「敢闘言――東京、チュニジア、リビア、東北――1週間で見てきたこと

■■災害報道は何を伝えたか――廣井 脩さん×日垣 隆

★巨大地震は集中する
★神戸で起きたこと
★取材者の目線
★取材者の危険と安全
★逃げる!
★災害は進化する?
★「いま、ここ」に伝える
★安否情報
★流言飛語
★貼り紙と携帯電話
★身近な対策
★帰宅難民


 今、私は仙台市におります。
 大学時代を過ごし、しばらく働いたこの市は、平成の大合併で、とてつもなく巨大な面積をもつ市に変貌しており、北陸を経て山形県から宮城県に入ったと思ったら、すぐに仙台市――。

<中略>

 ご存じのとおり、先週土曜日(3月5日)には「ガッキィファイター」主催で椎名誠さんと私との公開対話があり、椎名さんのお話に満席の会場は笑いに包まれ、サイン会も長蛇の列となりました。

 その後、私は個人的に日本橋に移動して(一昨年、ラジオ番組での共演と、トカラでの皆既日食旅行にお誘いし、1週間密着して過ごし、日食前日には二人だけの露天風呂体験などをしたご縁で)野口悠紀雄さんの最終講義とパーティーに出てから自宅に戻り、荷造りをして翌朝すぐさまローマとチュニジアを経てリビアに入っていたのです。

(後略 続きはメールマガジン2011年3月13日号をご覧ください)

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