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第10章 9.11NYで起きたこと

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 最初の一撃。2001年9月11日午前8時45分。NYの世界貿易センタービル北タワーに、アメリカン航空11便がテロリストのハイジャックにより激突。これが、アフガン戦争、イラク戦争に突き進む、すべての始まりだった。
                                         【スクープ撮:Marc le Bouquin】

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 9時3分。南タワーにユナイテッド航空175便が激突。この一連の写真を撮ったのは、現場からすぐ近くの万年筆専門店で働くフランス人Marc le Bouquin氏である。同時多発テロの後にNYを訪れた私は、取材に起因するストレス発散のため「お買い物」をしに万年筆専門店に立ち寄りアウロラ製などを求めた際、店員であるMarc le Bouquin氏がカメラを趣味とする人物であることを見破り(店内に彼の写真が飾ってあった)、「もしや」と氏に尋ね、同時多発テロで幾多の秘蔵写真を店の外から撮っていた事実に遭遇したのでありました。さっそく簡易商談をし、遠くない将来、私のサイト上でこの一連の写真を提供していただく許可を得た次第であります。

  ですから、もちろんこれは本邦初公開であり、正真正銘の迫力スクープ写真です。
                                      【撮影:Marc le Bouquin】


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 9時59分に撮影。ビルが煙に囲まれ見えなくなってゆく。
                                    【撮影:Marc le Bouquin】

 
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 10時01分。ついに南タワーの崩壊が始まった。
                                       【撮影:Marc le Bouquin】


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 10時29分。北タワーも崩れ落ちた。アメリカ資本主義の「強さ」の象徴が倒壊、と何度も繰り返し世界中に打電されたニュースが、ブッシュの逆鱗に触れる。
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 同時多発テロから100日目。私はテロの現場に立ってみた。この犠牲を望んだのは、アラブ諸国の市民たちなのか?
 

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 イラクの人々も、この9・11テロの犠牲を深く悲しんだ、との声しか聞こえてこない。他方、この犠牲者や遺族は、アフガンやイラクで罪なき市民が大量に虐殺されることを望んでなどいただろうか?

  私には、とても納得がゆかなかった。

  9・11の犠牲者の数と横顔を、日欧米のマスコミは丁寧に、かつ一生懸命伝えていた。アフガニスタン人やイラク人が英米軍に殺されたとき、同じマスコミは同じ扱いをするだろうか。アメリカ人の命と、例えばイラク人の命との非対称性が"当然の前提"になっていくのではないか?


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  追悼と報復の連鎖。この後、ブッシュ大統領はこう宣言する。「テロを打ち負かす唯一の方法は、それが育つ土壌を根こそぎ抹殺し、破壊し尽くすことだ」と。ブッシュはイラクの土も踏まず、地球の反対側から政府要人の殺戮を命じた。最初はテロの主犯を捕らえるという名目で。いつの間にかフセイン政権が目障りだと露骨に主張するようになり、さらに大量破壊兵器があるという自信あふれる名目で。実際、アメリカは戦争を始めた。気に食わぬ外国の為政者を殺害し、市民を大勢巻き込む一連の行為は、いったいテロとどう違うのか? 地下資源の略取も含めば、それが戦争として正当化されるのだろうか?

  その答えを求めて、私は「戦後」のイラクに行ってみよう、そう思ったのである。 (完)

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