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第3章 フセイン像の末路と意地

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 イラク国旗つきのフセイン肖像は珍しい。「顔」の部分だけが破壊されている。


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 機関銃で「顔」と「手」が打ちぬかれた後、白ペンキで塗られている。もちろん、新たにブッシュが描かれているわけではない。


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 蜂の巣フセイン。


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 「蜂の巣」にして晒(さら)すことを敢えて選んだのは米軍の発想だろう。フセインの圧政に苦しんだ人の仕業なら、また、もし洗脳を解きたいのなら、看板そのものを撤去するはずだ。


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 破壊されていない肖像もある。国境にて。

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 機関銃による破砕。


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 これは「壊し方」からして市民によるものと思われる。バグダッド中央駅も、米軍制圧直後の略奪の対象となった。


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 タイル壁画には健在。


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 湾岸戦争で暴落したイラク・ディナールだが、今回の米英による戦争によって、むしろ現在(4−6月)は対ドルおよび対ポンドで交換レートを上げている。歩道上で利ザヤを稼ぐ両替屋さん。


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 このおじさんも、ドルが欲しい、というわけではない。イラク内では、今もドルより(少なくとも暫定政権成立までは)ディナールが圧倒的に流通の主役を担っているのである。なおバグダッドでは、分厚い札束を持つ両替屋が暢気に歩ける程度には治安が回復している。


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 イラク内で現在も流通しているのは250ディナール札。(前号の「お知らせ」欄で例として挙げたように)、鉄道でバグダッドからバビロン(の捕囚のバビロン)まで約2時間乗って1,000ディナール。戦後初(!)の観光客としてチグリス川を遊覧したところ、30分程度で4,500ディナールだった(乗るときは確か1,000とか言っていたはずだが、 降りる段になって1,000「ドル」だと言ってきた)。250ディナール札が実質的に通貨の基礎単位なので、1,000ディナールなら4(枚)、4,500ディナールなら18(枚)というふうにカウントするわけである。
  米軍の完全占領(傀儡政権成立)まで風前の灯ではあるものの、戦後も"ドルより強いイラク・ディナール"には、「フセイン大統領」がしっかり印刷されている。ここが英米にとって一番片腹痛いところだ。現在、ブッシュの命令に基づき新札各種がヨルダンで印刷中とか。米英軍は多くの「フセインの肖像」をこれ見よがしに破壊してきたが、紙幣のなかのフセインをイラク人は誰も目くじらをたててはいない。
  ちなみに、バグダッド制圧直後に有名となった「フセイン像を倒す民衆」は、米軍による仕込み(やらせ)であったことがすでにバレている。


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 中学校の英語教科書。Unit Eleven は"Happy Birthday "【撮影:田中隊員】。ほかのUnit には"I love Husayn.""Oh! Me,too."(笑)みたいなやつもある。このようなメンタリティの教科書は、イラクや北朝鮮やキューバやトンガに限らず、今でもアフリカ諸国などでよく見かける。戦後の日本も、戦前の教科書に墨を塗って使ったのだ。もともと印刷所が希少だったイラクでは、小中学校の教科書を印刷することもできないでいる。大統領が教科書に出てきたり、紙幣に元大統領が印刷されていたり、国際空港にその名前が冠されたり、町中に大統領の肖像がぺたぺた貼られている、という点ではアメリカ合衆国も同様である。
  なお、民主主義をイラクが獲得するためには、権力者のスキャンダルも扱う週刊誌と、検閲なしのニュースおよび娯楽を伝えるテレビ、そして外からの観光客の三つが必要不可欠だ。

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