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新連載 脳梗塞日誌(3) あこがれの車椅子――がっ!

 車椅子に乗ったことは、ある。

 今年11月25日朝に転倒し、7時間後に救急車を呼んでもらってホテルマンや友人や救急隊員など総勢14~15名に囲まれて救急隊員から「病院へ行くか?」と尋ねられたことは覚えている。ついでに全く動けずに口もきけず、横たわったままの人に対して「病院に行くか?」じゃあねえんだよ、ここはどう考えても病院に連れてくしかない場面だろうと思い、私は言葉がしゃべれなかったので、何度も何度もうなずいた記憶がある。それから、ようやく救急隊員も「それなら、ガッテン承知」という威勢の良さで私を担架に載せ病院に連れて行ってくれたのだが、今から思えば、英語で尋ねられて、それに首を振ることで対応していたとしか思えない。

 救急隊員やその後運び込まれることになるグアム島で最も大きい海兵隊病院の多くの医療スタッフに助けられることになるのだが、私の記憶の中では日本語でしゃべっていたのか、英語でしゃべっていたのか区別が全くついていない。1日の2分の1は死線をさまよい、残りのうち4分の3は気がふれたような状態で4分の1は外部の声が私も理解できる日々が続いていた。毎日、脳梗塞で全身をアタックされながらも「正常」と判断しうる時間がマックスで1時間ほどあったと思う。

 常識的に考えてみれば、たしかにグアムという島は日本人であふれているけれども、アメリカ合衆国の準州であり、島内にアメリカ海軍の基地や空軍基地があるため、その病院には優秀な医療スタッフがいるものの、誰ひとり日本語を話せるものはいなかったから、おそらく私に英語に話しかけていたのだろう。

 グアム島の病院でも、私は車椅子に乗っていた記憶が確かにある。今から思えば、毎日様々な医療スタッフによるリハビリのなにげない、しかし、しっかりとした方針に基づいて、私が重篤な脳梗塞であることを前提にして行われたのは、今にして幸いなことだと思えるのだ。

 12月2日に日本に戻り、ある病院を経て、12月11日から現在の病院に移ったことは既にお伝えした。この病院は「24時間リハビリ」を大きなテーマにしているだけあって、朝7時から、夜は希望時刻まで全入院患者がパジャマを脱ぎ、普段着で本格的なリハビリにいそしむ。

 4日前、時間はかかったけれども、初めて自分ですべての着替えを終えることができた。健常な人がやるのと5倍以上は時間がかかったと思う。この病院の全スタッフは、できることは本人ができるようにする、とのポリシーのもと、どんなに時間がかかろうとも待ち続けてくれる。本当にできないところからは、もちろん助けてくれるのである。

 ついでながら、手足が不自由な者にとって、下着やズボンや靴下などを自分で履くには、それなりのコツがいる。しかし、熱心に時間をかけて着替えたはいいけれどもそのまま頭を激突させてしまうなどの、リスクは常につきまとうのだ。

 そのために医療スタッフは、漠然と立っていることは絶対にない。いつ体勢を崩してもそれに応じて素早く行動できるように身構えているのは私でさえ気がつく。ちょっとだけ自慢してもいいのなら、私の脳梗塞の症状の一つにはバランスが保てないという難関があるのだが、12月11日以来、本日(12月31日)まで一度もバランスを崩さないようにできていた。

 普通にやっているように見えて、もちろん医療スタッフにはバレバレなのだろうが、脳梗塞の典型的な障害の一つである「脳のキャパが極端に少なくなる」現象からは誰も逃れられず、とりわけ入院患者の苦悩は計り知れない。軽症に見える20代の若者も1時間のリハビリテーション後、「脳が爆発する!」と先ほど言っていた。

 パジャマは睡眠の時だけ着る病院であるが、睡眠時間以外、否、例えば夜中の3時にトイレに行きたくなっても、多くの病院のようにしびんやおしめでやらせて済ませるような自分たちに都合の良いシステムではないため、トイレに連れていってもらう往復も車椅子を使う。

 5日前から、移動に際して全コースとまではいかないけれども、あこがれであった自分で操縦するチャンスが与えられた。車椅子を自分で運転することは、やはり実に爽快な気分であった。もちろん初心者であるからベテランのようには足を蹴って進むにはスピードが遅すぎる。いや、スピードというよりも、私の地面を蹴るタイミングが悪いということによるらしい。

 ちなみに、私は個室にいるので、ベッドの壁の向こうにトイレがある。直線距離で言えば、1mもない。しかし、私は透明人間ではないので、トイレに行きたくなったら(12月25日までは排泄のコントロールが全くできなかった)、まず、ナースコールボタンを押し、到着を待ってから左足は普通の運動靴、右足に特殊な防御装置を時間をかけて履き、しかる後に立ち上がり、どうにかこうにかステップを踏んで目の前にある車椅子に乗り込む。

 姿勢を正し、右足を載せる台を左足でポンと引き出して右足を手で置き、車いすのストッパーを解除し、バック2m、直進4mしたのちバックでトイレと手洗いのある部屋に入る。うまくカーブを描いて入った瞬間に左折して、次は直進し便器のちょうど良い場所に車椅子をつけてもらい私はそこで足を乗せていたステップから足を外し、そのステップを一旦しまい、両足を中央でバランスを取り、腹筋を使って立ち上がり、手すりにつかまりながら90度方向転換をして、そこでパンツとチンポの股間部見せの儀式(冗談です。あ、やっぱり冗談ではない)。

 われわれ脳梗塞患者は小便や排便の際、ズボンとともに下着のパンツを脱いで、その格好のまま腹筋や腿の筋肉を何とか使いこなして便座に着く――その間、医療スタッフがフォローしたり静かに見守っているわけである。それから、また大小便に関わる大激闘が始まるのだが、そこは今回省略しよう。

 仮にめでたく排泄行事が終わったとして、また転倒の危機を医療スタッフが常にフォローしながらパンツとズボンを何とか自分で引き上げる。夜ならパジャマのため比較的容易な面もあるが、昼間ならベルトを締める難関も加わる。私の場合の場合は利き手でない2本の指だけでチャックを閉め、ボタンを締め、小器用にベルトの適切な穴に入れる。締め終る過程も我々にはまた難儀なものである。

しかして、再び90度の方向転換後、車椅子に着座して、もろもろのセットをしたのち、今度は正面からまっすぐ出でてトイレットルームのドアを閉じ、再びベッド脇に接近到着、またもろもろの操作をして再びそこから立ち上がり、角度をまた90度にしてベッドを背に変え、お礼をするかのような格好してスクワットを効かせながらゆっくり、かつ、綺麗に座りおえ、お前はロボコップか、みたいな右足の重装備の用具を着脱し、左足の普通の運動靴を脱いで、足を下に頭を上にベッドに一発で戻れるように腹筋と磨いたスキルを使い、初めて、いわゆる「夜中の小便タイム」が一件落着と相成るのでございます。

 昨日も、夕方までびっしりとリハビリテーションが行われ、手伝いに来てくれた家族たちと夕食を取った後の夜8時20分ごろから、語る言葉が乱れ始め、会話がダッチロールし始めた。身体もかなり具合が悪い。私は今日で死ぬのかと思い、その可能性は低くはないので、家族のものたちに「俺は今夜で駄目かもしれない」と、言い添えた。頭を上げていることもできない。

 レストランに在中しているナースから薬をもらって飲まなければならない。自らあこがれの車椅子を操作しながら、今にも死にそうな格好でレストランまで移動した。そこに待機していたのはなんと、またしてもあの28歳美人ナースではないか。みるみる私の姿勢はピンとなったものの、薬を飲みおえたところ、やはり元気がないことは隠し通せず、首もうなだれぶざまな格好になりつつも、プロであるナースに「朝から夜8時20分直前までは、普通にしゃべれていたのに、ドッと大きな変調とともに乱れ始めました。私は死ぬのでしょうか」と自分に起きていることについて質してみた。家族も一緒である。

 そのナースは笑顔を作りながら私に真剣に対座して答えてくれた。「脳梗塞の患者さんは、朝は比較的上手に喋れて、昼くらいからうまく喋れなくなり、夜は話ができなくなるのがたいていのパターンなんですよ」

 私はかなり安堵した。「僕の問題ではないのですね」と重ねて訊いたとろ、ナースは「クスっ」と笑ったように見え、笑みをたたえながら、こう言った。
「この病院の中でいちばん大量に話す努力をしているのは日垣さんじゃないですか。夜8時過ぎまでしゃべり続けるほうが我々スタッフからしても驚異のことだったんですよ。脳梗塞患者は、大脳に大きなダメージを受けていますから、数十分や長くても数時間でくたくたになってしまうのが普通なのです。ましてや日垣さんは、重篤な状態にありながら、なぜこんなに、というくらいスタッフを驚かせてくれる会話の進捗を見せてくれているのですから、初めて疲れたとおっしゃるその姿に、むしろ安心したぐらいです」

 今夜死ぬと思った状況はごく自然なことだったようだ。私は死ぬことを恐れてはいないが、プロの意見を聞かせてもらうことにより、今夜の変調が自分の死を早めるようなものではないことを知ることができた。

 部屋に戻り、家族らも帰った後で、私が何をしたかといえば、長電話2本。0時まで。馬鹿者、いや、膠着した舌と喉と口を使って実のところ大激戦なのであるけれども、脳を破壊した脳梗塞は予想を大幅に超え続ける強敵であるからこそ、一つ一つ地道に変えていくためにも、その一つとして0時まで話すことや書くことに努力するのは、このとんでもない状況に相対する者の義務であると考えたのだ。2時5分に睡魔に落ちたらしく朝7時まで一度も目が覚めなかった。

 少し時間を戻させてもらおう。くだんのナースからの説明によって私は「病院一のおしゃべり」がばれたところで安心しつつ、早めの着替えをするためにコールを押したのは午後9時のことである。その時私は、車椅子について自分がうまく操れない悩みを話した。うまく床を上から蹴られずに滑ってしまう傾向があり、おそらく一生使う車椅子にどうやったら愛情を期せるのか、と聞いたときのことだ。夜勤スタッフの一人が答えたことは、私を深く驚かしてくれた。

 その日の夜勤スタッフは、私のパジャマへの着替えを見ながら、こう言ったのである。

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