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新連載 脳梗塞日誌(6) 「お年玉」および「新年の祝い膳」顛末

 1月1日のことだ。その夕食に元日の祝い膳が出た。刑務所でもごちそうが出るそうだからそのあたりの話は来る2月27日(土)13時からの、私の対談者である堀江貴文さんとのVS「模範囚」対談で詳論することにして、刑務所話は省略させていただく。つーか、俺は詳しく知らねえから語れない。

 私のいる病院の元旦「祝い膳」は、映画「極道めし」にみられるような日本風の豪華さではなく、いつも通り上品で洗練された料理に加えて、正月らしさを見事に合わせたものであった。御赤飯、おとそ(菊水)、御節料理(おたふく、昆布巻、松風焼、市松錦玉子、寿のもの、栗きん団、ローストビーフの西京づけ)お雑煮(お餅、筍ほか4品)、海鮮黄身仕立て(たしか、甘海老、真鯛、帆立など計7品)デザートとして和歌山県産千両みかん(千両も一両も入っておらず、落語のような落ちも無しであるも、極上なり)――私の記憶が確かならば。
 以上でございました。

 一番大きな話題を集めたのは、とりわけ男性陣にとって菊水であったことは言うまでもない。なかには、お酒の飲み過ぎの結果発症した人もわがレストランに着席する仲間に約2名ほどいるものの、私はいまだに原因が不明のままだ。

 前の病院では、食生活や、ましてやアルコールや年齢や健康状態ともあらゆることが原因として否定され、医者も弱り切っていたのだが、私はどうでもよかった。このような事態になったことは変わりがない。もちろん、原因がはっきりすれば、再発防止には役に立つだろう。だが、9日間ほとんどを検査に費やし、3.11の福島原発の従業員が浴びた放射能の80倍ほど被ばくさせていただき、感謝に耐えません。そのうえ、結構いい値段を取っただけでなく、わかりませんでしたとは、なんと至福なことであろうか。永遠にわからないままであろうことは確実なのだ。

 再発防止のためのむごたらしい手術も、これまで誰一人として拒んだことがないのに、頭がまともに働かず言葉もロクに話せない中で、私は明白にお断りした。医師団にとっては、アンビリーバブルな事態であったが、私にとっては人数など関係なく、原因もわかっていないのに、リスキーな、しかも確実に障害が残る再発防止の手術など思いもよらないことだった。当然の決断であろう。

 私が他の病院に移ることを希望した後、病院全体で何とか引き留めようと必死の妨害工作が完膚なきまでに繰り返された末のことであった。普段、若い医師は必ず医局の責任者を伴い、一人で動くことが禁じられていると思える病院だったが、転院決定後、若い医師が(28歳)私の枕元に一人で訪れ、2点のことに触れた。

「私は完全に今の先輩医師たちに疑いを挟まない医師になりかけていました。日垣さんの手術拒否は自分の医学生時代とこの病院の勤務を通じて大変大きな衝撃でした。私は二晩この件について考えてみたのです。日垣さんが正しいということがこの病院では叶いません。一つだけ言えることは、日垣さんの決断がありうる選択肢だということにはじめて気づくことによって自分がワンノブゼムになる寸前で立ち止まれたことでした。心からお礼を申し上げたいと思っています。
 もう一つ、私の諸先輩たちや日本のほとんどの病院は患った箇所だけを治すことだけに専念しがちです。退院後にどんな生活をするのかなど、まったく考えていませんでした。まるで退院後は、ごく普通の生活が待っているかのような錯覚をしていたのです。日垣さんが重度の言語障害をもちながらも私たちに訴えていた、治らないゆえに9日間も原因を調べることに費やし、結局わかりませんでした、としか申し上げられないという事態は、どう考えても、いえ、患者さんの立場からして到底納得できるものではないはずですし、実際、退院したときに何もできない状態で放り出すことになってしまうことなど、何度訴えられても私にはピンときませんでした。
 しかし、日垣さんが言葉にも三重四重の障害を負ってひどく困難ななかで、エネルギーを絞りだして訴えた声がいまも私を捉えて離しません。今朝、私は初めて『その部分』だけを見ることのあやまちに気がつけたように思いました。何かが間違っていたのです」

 感動している暇は私にはなかった。この勇気を書き留めておくことで彼の誠意に応えたいと思う。


 話は菊水であった。

 菊水は小さなグラスに入った濁り酒であったが、多くに人にとっては、どんちゃん騒ぎに値する至福のひと時だった。

 残念ながら私にとってはわずかな菊水さえものどを容易には通り抜けてくれなかった。

 次に、私のテーブルに限ったことだが、話題になったのはローストビーフの西京漬けだった。

 私はローストという言葉を失念し、やべえ、と思いつつ、そのあまりのおいしさに驚嘆していたところ、初老の大先輩がこう言った。「これ、焼き鳥だよね」
 私たちは会話を続けた。まじめな52歳の手だけが麻痺まではいかず左手が40%、右手が20%まで機能が落ち、それ以外は障害が起きていないと本人が自覚している新入りさん(5日前に入院)が、緊張しつつも自信ありげにこう引き受けた。
「鳥系じゃないですよね。豚ではないかと思いますよ」
 うーむ。私はローストビーフを思い出せないがため、同病者ゆえの弱い立場にある。42歳の好青年が間をおかずこう語った。
「ううううううーん、こここここれ、これ、これ、これ、は、あ、あ、あ、あ、う、う、う、う、う(中略、要旨=僕も豚だと思います)」

 愉快だ。

 脳梗塞の患者たちが集まらなかったら、この会話は爆笑ものかもしれない。本人たちはそれぞれに、思ったことと言ったことが違ってしまう障害や、大半の単語を忘れてしまう障害や、考えたことを表現できない障害などなどに陥っているのであるから、以上は努力のたまものなのである。みなさんが笑うのは健全なことと思う。同様に、病棟の中の食事処で交わされる日常的な会話であることもまた事実なのだ。

 お断りしておかなければならないことだけれども、このテーブルに着席した4人はみな、新聞や本を読むことに何の苦労もしていない。

 例えば私は、初期の失語障害、今も続く発語障害、舌や口全体を含む麻痺障害やバランス障害、感覚障害などなど本人すら覚えきれないほどの障害が五段重どころではなく百段重以上襲っている(ご苦労なことです)状態であり、検査での「動物の名前を2分間で出来るだけ上げてください」という設問には病院でも最低クラスに属する有様で私の各種試験中でも飛びぬけて落ちていた――と、言語療法士から聞いた。動物を2分で二つしか答えられなかったのである。

 けれども、その結果が報告された12月18日の翌日には1字も1行も立ち止まることなく最初から結末まで「文章が空から降ってきていた」昨年11月25日以前の状態をそのまま実現できた。私の病気の原因がわからないのと同様、このようなことがなぜ起きたのか、に、私は興味を持ってはいない。なぜなら、書けてしまったからだ。翌日も、翌日もその翌日も......。

 すべてのメルマガ原稿はもちろん何度も推敲するが、初稿は一度も途中で止まったことがない。同時に、私の発声障害や記憶障害その他は急速に改善されつつあるものの、新聞を毎日音読する、とりわけ発音しにくいものをピックアップする日々が今も続いている。1月3日で言えば、某新聞4Pでは「米経済」や「原油安」が発音できず、例えば35Pの「技術」や「将軍家」が発音できなかった。30回ほどゆっくり、40回ほど速くかつ、自然に読む練習をした今では、これらの地雷は取り除かれている。

 ちなみに「技術」は意外に思われるかもしれないけれども、いわゆる健常者にとっても難儀な文字なのだそうだ。多くの人は「ぎじつ」で済ませている。「ぎじゅつ」と正しく発音している人はむしろ少数派であるはずだ。我々言語障害者が「ぎじゅつ」でつまずくのは理の当然と言えるのかもしれない。しかしそのような理屈は私には通じないと思いたい。ひたすら新聞を音読して技術のような用語を何百とピックアップし、それを専門の言語療法士に分析してもらった結果、私にとって困難な発音が8通りあるということが分かった。

 1月4日のランチのことだ。「お年玉」という話題になった。正確には、なった、というより、私がお年玉についての話題を振ったのである。もっと正確に言えば、お年玉について話題にしようとしながら、「お年玉」という単語が出てこなかったのだ。周囲の人(元日の夕食の人々とは全員違うテーブルに座っている)3人が善良で教養豊かな人々であるが故、私が出せずにいる言葉を思い出してもらおうとみんな必死に手助けしてくれた。

「どんな時に使うのか」「どんなものなの」と聞いてもらったので、私は「お小遣いの年間版みたいなもので、そいつの正体は、お金です。500円というのはまずなく、千円、2千円、5千円、太っ腹な大人は1万円を出す人もいる。赤ん坊や4歳以下なら合計3~4万円の稼ぎをしてもたいていの場合は両親がくすねることになっている」と、説明し、ここまで話したところで「お年玉」が頭に浮かんだ。
 そう、そう「お年玉だよ!」私は、1週間にわたる便秘が何とか解決した時の面持ちでちょっとだけ胸を張った。

 44歳のめちゃくちゃ面白い住職さんが真っ先に応答してくれた。
「おとしだま、おとしだま? おとしだま、おとしだま、お年玉、聞いたことがないねえ」
 48歳の会社員が続けた。
「おとしだま? おとしだまねえ、私も聞いたことがないなあ」
 そこにエースが登場した。
 95歳、大正14年生まれであれど、身体も話しもどこが入院が必要なのかと思えるほど健全の塊に見える。7回も病院を転々とした末ようやく、脳梗塞であることがこの病院で認められ、晴れて入院ができたという元海軍将校である。エースが出たのだから私は安堵しようとしたところ、師いわく、
「お年玉ねえ、お年玉。私は95歳だから何でも覚えているつもりだけれど、若い人の言葉には弱くてねえ」
 うん?

 この会話の流れ、世間ではなんだかおかしくないか。

 ここに集まっているのは脳梗塞の患者集団で、だからこそ普通に成立している会話なのではないかと思う。実際、私も当初「お年玉」という単語をすぐに思い浮かべることができなかったのだから立派な同士である。

 メルマガを書いているときに限り、私は物忘れをしない。ちょっと見栄を張ってしまった。何カ所か忘れてしまうことがあり、そこを空白にしておくことがあることは正直に告白しておこう。そこで長く単語の思い出しにふけるより、受け取ったスタッフは、いとも簡単に私の単語の失念をカバーしてくれる。そんなに多くはないけれども、私の病名についても同様だ。


 本日のお年玉と祝い膳の一席でございました。

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