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脳梗塞日誌(8) 死にたい! 生きたい!

 私には哲学、社会学、世界史的な1冊の本を書くという目標があった。そのような本が書きたいという私の願いには変わりがない。けれども、方法論が全く異なって来た。驚天動地とも言える、100種もの困難や障害を抱えるこの病になって、すべてが、根源的な問いと切り離すことができないことばかりだ。森羅万象を考える稀有なチャンスなのである。この日誌こそ私の全世界に関わる問いと回答になるという野心ぐらい、ボロボロになった私にもあるように思う。

 私に降りかかってきた脳梗塞という病は、元に戻ることができたとしても、少なくとも1年から2年程度のリハビリテーションは覚悟しなければならない。
 そのような事態に日々直面し、水が飲めないことさえしばらくしてから気づくほど、襲う各障害もプライオリティーの問題に過ぎないこと、素直であること、利発であること、愚鈍に見えること、働くこと、自立とは何か、ベッドから世界を見ること、リハビリの後リアルな世界を再び歩くこと、死んでいくこと、朝目覚めて今日生きていることが奇跡に思えること......人間にとって重要な問いすべてが私を刺してくる。これほど貴重なトポス(場)は他にないとも思える。

 最初の2週間は気が狂うことを感じ、そこに恐ろしさはなかった。かすかな正常さがあり、グアム島では何語で話したかも覚えていないけれども、人々の病に対するあまりにも健全なヘルプの群れをはっきりと感じた。次の1週間半は、わが身に何が起きているのかはっきりしないところから、明確に自分の生きる道を決めつつあった。別の言葉で言えば、初めの2週間は死ぬことすら思い浮かばなかったけれども、それからの10日間は日々メメント・モリ(死を想う)が最大のテーマに浮上した。

 前の病院で私は本気で死ぬことを考えていた。このままでは、切腹以前にこのごく普通の大病院に殺される。当時、強く転院を希望していた。そして、今いる病院のことなのだが、ここでうまくいかなかったら、私はすべてを受け入れるつもりだった。退院後の生活について真剣に考えている病院はここしかないと壊れた頭の片隅で私は確信していたからだ。

 家族は、この病院にどのような所存で入院を希望しているかについて、おそらく一般的なことを中心に述べたのであろう。その時点では決定がなされていない。家族は最後に爆弾をごく普通の口調で放った。「日垣隆という人は、本当に死ぬと言ったら死にます。日垣隆という人は今は上手くしゃべれませんが、ここなら大丈夫という確信を抱かないかぎり、この病院に来たい、ここなら死んでも本望だ、ここでなら最善を尽くせる、などということ言う人ではありません」。私の入院は、その翌日に決まった。

 正直に告白してしまおう。初めの2週間の入院生活の半分以上はクレイジーな状態であったなかでも、とりわけ、言葉や、書くことに対しては執念があった。しかし、脳は大々的に破壊されていたため二度とその部分が復活することはありえない。他方、脳の優れた特性は、別に回路を築いて実質的に記憶も言葉も体中の麻痺も、数カ月から数年はかかるとしても、充分な回復の可能性がある。当時は、実に貧弱な執行力しか私にはなかったけれど、それでも、「死にたい!
」という思いと「あの病院でなら書くことを応援してくれるに違いない。だからいける」と確信を持っていた。

 前の病院スタッフ総出で私の転院を留めたことは以前に書いたことがある。ついでに言ってしまえば、私に「まさか、あなたが転院の張本人じゃないでしょうね!」と、僕より年上のヒステリー医長が恐ろしい形相で迫って来た時、私は「ホヘー、ホヘー」と、あらぬところに目を泳がせ、彼女はこいつに話しても仕方がないとあきらめてくれた。当時もてる叡智のすべてを傾けて繰り出した本物のように見える馬鹿顔である。

 こうして、両面作戦は成功セリ。

(後略・・・・・・ 続きをお読みになりたい方はメールマガジンをお申し込みください)

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